第07話 転入初日
数日後。
真之は地元の公立小学校に転入することとなった。
三学期が既に始まったこの時期に転校生は珍しいといえるだろう。
朝、職員室で学年担任などから軽い説明を受けていたところで、ホームルームを告げるチャイムが鳴った。担任を務める若い女性教師に連れられて、校舎三階の五年一組の教室に入る。
「今日は、新しく皆の仲間になる子を紹介します。建宮真之君です。皆、仲良くしてあげてね」
教壇に立った担任教師が、明るい声で説明する。
その傍らで、真之はガチガチに緊張していた。新しいクラスに加わるのは何度も経験したことなのに、身体がすくみ上がり視線が泳ぐ。
「じゃあ、真之君。自己紹介をお願いね」
「は、はい」
女性教師に促され、真之は声を引きつらせながら一礼する。
「建宮真之です。よ、よろしくお願いします」
挨拶自体は無難なものだったが、態度が良くなかった。本人に悪気は全くないのだが、生まれつき鋭い両眼が激しい眼光を放ち、顔全体が厳しく強張っている。おまけに、同世代よりも一回り以上大きな体格が、悪い方へと作用してしまう。
おかげで、クラスメイトの半数近く――特に女子児童が怯え、目を合わせようとしてくれない。
「……ひっ」
「……あんなのが、どうしてウチのクラスに来るんだよ」
児童達の反応から早くもアウェイとなった真之だが、今更逃げるわけにもいかない。担任教師も教室を漂う冷えた空気に気づいているのだろう、必要以上に笑顔を振りまく。
「真之君には、あそこの空いた机を使ってもらいます」
担任に示されたのは、窓側の列の一番後ろにある空席。真之は新品のランドセルを持って移動する。その間も、近くを通った児童達には顔を背けられた。
(初日からこんなだと、これから上手くやっていけるのかな……)
出だしから躓いた厳しい状況の中、暗然とため息を吐いた。
ホームルームを終えると、そのまま一時限目の国語の授業が始まる。一ヶ月もの間入院していたこともあり、授業内容は以前に通っていた学校よりも進んでいた。真之は真面目にノートを取り、授業に食らいついていく。
一時限目が終了すると、児童達は次に行われる体育の授業の準備に移る。体育の授業は二組と合同で行うようで、一組の教室に男子が、二組に女子がそれぞれ集まって体操服へと着替えていく。
「寒ぃ、足が冷たいよう」
「先生達は暖かい服を着てるのに、なんで僕達はジャージを着させてくれないんだろう」
「子どもは風の子だってさ。こんなんじゃ風邪引いちゃうっての」
男子児童達は文句を言いながらも、私服を脱いでいた。
その隙に、真之は体操服の入った袋を持って、男子トイレの個室へと入る。裸を他人に見られたくないため、どうしても隠れる必要があったのだ。狭い個室内で素早く半袖半ズボンの体操服に着替え、教室へと戻る。既に着替えを終えた男子生徒が数名いて、彼らの後についていく形で体育館へと向かった。
今日の体育の授業はドッジボールだ。教師達によって、各クラスを男女混合で二チームずつに分けられる。
「あ、あのさ、建宮。よかったら、ジャンプボール、頼めるかな」
チームのリーダーとなった男子児童から、遠慮がちに頼みかけられる。断る理由など持っていない真之は、黙って頷き返した。
(せっかくチャンスをもらったんだ。少しでも、クラスの助けにならなきゃ)
握り拳を作り、自分を奮いたたせる。
それぞれのコートに入り、相手チームの男子児童と向かい合う。体格差は歴然としており、相手の男子児童に呆然とした様子で見上げられた。小学生同士の勝負に中学生が飛び入り参加したかのような、違和感のある光景だ。
やがて、審判を務める担任教師の笛と共に、ボールが高く上げられた。真之は膝のバネを使って大きく飛び上がり、自陣のコートへとボールを叩き入れる。
「いけえっ!」
「やっちまえ!」
外野の児童から応援の声が飛び交う。
主力となる一部の男子児童達が、外野と連携してボール回しをする。ターゲットとなるのは、逃げ遅れた児童だ。運動の苦手な選手から先に潰していくのが、彼らの狙いなのだろう。真之は自チームの攻撃をコート内で見守りながら、相手チームのカウンターを警戒する。
「きゃっ」
多少手加減された球威のボールが、一人の女子児童の背中に当たった。その犠牲と引き換えに、相手チームの主力選手がボールを手に入れる。攻守交代だ。
大きな放物線を描いたボールが、相手チームの外野と内野を行き交う。
真之達のチームは、コート内の端から端へと慌てて移動。攻撃の手から必死に逃れようとする。だが、ラリーが三回ほど続いたところで、女子児童の一人が床に躓いてコケてしまった。
それを見た相手チームの男子児童が、弱った獲物を襲う肉食獣のように狙いを定める。助走で勢いをつけ、ボールを投げた。
(危ないっ!)
反射的に動く真之の身体。一瞬で、倒れた女子児童の前に立ち塞がる。激しく回転しながら向かってくるボールを、両手でしっかりとキャッチした。
「え……」
自分が当てられることを覚悟していた様子の女子児童は、何が起こったのか分からないようだ。彼女がチームメイトの手を借り、慌てて起き上がるのを真之は横目でチラリと見やった。すぐに正面に向き直ると、全身の筋肉をしならせてボールに力を込める。
投げ放たれたのは、相手の防御を貫くライフル弾のごとき、鋭い一直線の剛球。
つい先程、女子児童を狙っていた男子児童には避ける暇もない。どうにかしてキャッチしようとするが、反応がまるでついていかず、あえなくボールを指で弾いてしまった。悔しそうに舌打ちしながら、外野へと走っていく。
「くそっ!」
真之の豪速球を見せつけられた児童達は、敵も味方もなく唖然とした様子で足を止める。
「すごい……あんなの取れっこないよ」
その後も、真之の活躍は留まることを知らなかった。分厚い鉄壁となってチームメイトを守り、相手選手をことごとく撃ち落とす猟兵となる。試合が終わってみれば、彼の独壇場だった。
「やるじゃん、建宮!」
「かっこいい、建宮君っ」
クラスメイト達によって歓声と共に囲まれ、真之は戸惑うしかない。
「いや、その、大したことないから」
ぶっきらぼうに返し、恥ずかしさのあまり頬を紅潮させる。こういうときに、何と言えば良いのか、彼の辞書には載っていない。厳しい表情を浮かべながらも、内心では、
(え、え? こういうとき、どうすればいいんだろう!?)
今すぐにでも頭を抱えて叫び出したいほどに、混乱していた。
最悪だった第一印象が嘘のように、クラスメイト達の真之に対する評価がひっくり返った。子どもという生き物は、何かきっかけさえあれば、簡単に打ち解けるのだろう。
クラスの輪が盛り上がっている中、一人の女子児童が少し外れたところにいた。先程の試合中に倒れ、真之に庇われた少女だ。円な目をした可愛らしい容姿の持ち主だが、身にまとう暗い雰囲気のせいで持ち味を活かせていない印象があった。
少女は友人に付き添われながら、真之の目の前に立つ。
そうして、ぽつりと、
「……ありがと」
小さく口の中で転がすように礼を言った。真之と視線を合わせてくれず、すぐにその場から去っていく。どう対応すれば良いのか分からず、困惑する真之。そこに、男子児童の一人が小声でフォローを入れてくる。
「あの娘ね、こないだの巨人の騒ぎで、お母さんが死んじゃったんだ。前はもっと明るくて、皆を引っ張ってくれてたんだけど。だから、気を悪くしないでね」
真之は小さく頷き、「大丈夫だ」とだけ言う。
あの謎の巨人――紺の言う怨霊は、多数の人々から大切なものを奪っていった。あれから一ヶ月が経つが、未だに心の傷が癒えない者は多いのだろう。自分だけが悲しみを背負っているのではない。真之はそう肝に銘じた。
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