第五章 暁天の城(八)

 ――りょうの第三皇子。


 子怜の口から発せられた言葉に、周囲の兵から声にならないざわめきがひろがった。


「いつからご存知でしたか」


 亡国の皇子はおちつきはらった様子で尋ねた。


「はじめから。あなたの顔を見てすぐにわかった。よく言われてなかった? 父親にそっくりだって」

「父と面識がおありでしたか」

「死に顔を見ただけだよ。首をくくったわりに、きれいな死に顔だったな」


 梁の最後の皇帝は、皇城に攻め入ったせい軍を前になすすべもなく、皇城の桃園で首を吊って果てたという。


「では、ご城主を斉軍の代表と見なしてお礼を申しあげましょう。よくぞあの男を自害に追いこんでくださいました」

「冷たいねえ。それが子の言うことかい」

「子なればこそわかるのですよ。あの男の、救いようもない愚かさが。まったく、無能きわまりない男でしたよ。国をかたむけ、反乱をおさえることもできず、はてに斉ごとき成りあがりに国を奪われるとは。こんなことなら、わたしがさっさと手を下しておけばよかった」

「兄たちと同じように?」


 子怜はあきれたように肩をすくめた。


「あなたも報われないね。皇太子の地位をねらってせっせと裏工作にはげんでいる間に、肝心の玉座をかっさらわれるなんて」

「いっとき預けていただけですよ。そろそろ返してもらおうと思いましてね」

「いまさら梁の復興なんて、だれも望んじゃいないよ」

「わたしが望んでおります。それ以外の理由など不要」


 阮之げんしの丁寧な口調に、傲慢さがにじむ。


「手はじめに、この城をいただきます。どうぞ邪魔はなさりませんよう」


 春明しゅんめいの首すじにあてがわれた刃が、皮膚に食いこんだ。


「やめておいたほうがいいと思うよ」


 子怜は落ち着いた様子で腕を組む。


慶州けいしゅう府に討伐軍の派遣を要請した。この城を手にいれたところで、あっという間に奪い返されて終わりだ。あなたに逃げ場はない」

「ああ、あの若者の護送にかこつけて、州令府に書を送りましたか。残念ながら、あの馬車は宜京ぎきょうにはたどりつけませんよ」


 子怜はわずかに身じろぎをした。

 

奎厦けいかを……」

「ご心配なく。あの若者は殺しませんよ。あれは、わたしの手足として使ってやるつもりでおりますから」


 子怜はあきれたように両手をひろげる。


「ねえ、あなた、なにか勘ちがいしているんじゃないの? あなたにだまされた奎厦が、あなたの味方につくわけないだろう」

「つきますとも」


 阮之は自信たっぷりに言った。


「ああいう不遇な若者は、すこし押してやれば容易にころぶものです。それに、あれはたいそうこの城に執着しておりましたから。そう、この城をくれてやると言えば……」

「――無理ですよ」

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