第三章 亡国の城(三)

「……なあ」


 練兵場の一角で槍の手入れをしていた兵が、ぼそりと右隣の少年に話しかけた。


「こんなことやって、なんの意味があるんだ?」

「知るか」


 話しかけられた少年兵はそっけなく会話をうちきったが、かわりに左隣の兵が話に入ってくる。


「新しい城主の気まぐれだろ。こんな辺境にとばされてやることもねえから、おれたちをしごいて憂さ晴らしをしているんじゃねえの」

「そうだよなあ。まったくあの城主も、よけいなことはじめてくれたもんだぜ」

「これだから貴族のお坊ちゃんは……」


 愚痴をこぼしあっているところに、近くにいた別の兵がそろりと顔をあげた。


「……でも、おれさ、昨晩ひとり倒したんだよ。その、夢で」

「本当か」


 一斉に注目されて、いかにも純朴そうな顔をしたその男は、照れくさそうに頭をかく。


「最後はやられちまったけど……」

「でもすごいじゃないか。おまえ、いままでまっさきにやられてたもんなあ」

「……おれも」


 すこし離れたところで、また別の者がためらいがちに口を開く。


「二人やった。いままではせいぜい一人倒して終わりだったのに」

「へえ……」

「やればできるもんだな」

「この訓練が役に立ってるってことか?」

「気のせいじゃないのか」


 ひそひそ声の会話が続くうちに、誰かがぽつりとつぶいた。


「……勝てるかな」

「そんなわけないだろ」


 怒ったような声の主は、そばかすがいっぱいに散った負けん気の強そうな顔の少年兵だった。


「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ。いくら訓練したところで、夢の中でやつらに勝てるわけないだろ。ひとりふたり倒したところで、それがいったいなんだってんだ」

「……だよなあ」


 皆の肩が落ちた。会話は再び愚痴めいたものになる。


「いつまで続くんだろうなあ、これ」

城輔じょうほも城輔だぜ。すっかり城主のいいなりになっちまって」

「そりゃおまえ、あのお綺麗な顔でお願いされてみろよ。いくら堅物の城輔だってころっといっちまうに決まってらあ」


 下卑た笑いがはじけ、それを聞きとがめた監督役がじろりとにらみつける。まずい、と、兵たちは首をすくめて作業にもどった。


「……城輔といえば」


 ふと思い出したように、ひとりの兵がささやいた。


「知ってるか? あの噂……」

 


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