第一章 漠野の城(七)
「はじめから教えておいてくださいよ」
足をぬぐった布を
「なにを」
「子怜さまが城主さまだってことを、です」
ぱちゃん、と水がはねた。
ふたりがいるのは
あれほどおびえていた脱走兵も、観念したのかおとなしく騎馬兵の鞍にひきずりあげられ、城門にたどりついたところで待ちかまえていた他の兵に引き渡された。
手荒にあつかわないように、との子怜の指示に、例の緑の眼の若者はただ一言「
子怜と春明は案内役の兵にこの部屋まで案内され、ひとまず旅の埃を落としたところである。陰気な顔をした兵は、間もなく
城輔とは、子怜いわく「ぼくの補佐役で、この城で二番目にえらいひと」だそうで、そこで春明の怒りが再燃したわけである。
「最初に言ったよねえ。ぼくは斉の官吏で、再建工事の監督役だって」
「たしかにうかがいましたけど、だからといって、まさか城主さまだなんて思いませんよ。そんなにえらいお方が、なんでお一人で旅をなさっているんですか。普通お付きのひととかいますよね?」
「なんで春明が怒るかなあ」
「これが怒らずにいられますか」
あのとき――荒野で騎馬兵に囲まれたとき、
子怜が早々に身分を明かしてくれていれば、あんなに怖い思いもしなかったのにと、春明は恨みがましい目で
「付き人なんていないよ。そりゃ
「そっちの方がかわいそうじゃないですか」
「手当ては上乗せしといたよ?」
「まあ、それならいい……」
いや待て、よくない。
なにしろ、城主である。文字どおり、ひとつの
子怜に食事の支度をさせたことは……たぶん大丈夫だ。なぜならあれは本人がやりたがったことだから。ただ、できあがった粥を一口ふくんで吐きだしたことはまずかったかもしれない。でも、あれはまずいを通りこして毒でも入ってるんじゃないかと思うような代物で――
「春明、春明」
子怜の声で春明は物思いからさめた。窓に腰かけ、子どものように両足をぶらつかせている主人の姿に、春明は深いため息をついた。
「……やめた」
「へ?」
「いえ、こっちの話です」
このひとに関しては悩むだけ無駄だと、春明は早々に見切りをつけた。
「なんです。なにかおもしろいものでも見つけましたか」
「おもしろいかどうかはわからないけど、とにかく春明も見てごらんよ。上から見るとまた一段とすごいから」
開けはなった窓の外を見た春明は「うわ……」と声をもらした。
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