第一章 漠野の城(十)
ご城主は、
楼西とは、かつてこの地一帯を治めていた国でございましてね。
連日、城門には荷駄を積んだ
ですが、永遠に続く繁栄など、どこにもありはしません。
ああ、申し訳ありません。斉の官でいらっしゃるご城主の前でとんだことを……おや、ご城主はずいぶんと話のわかるお方ですね。ですが、あまりそういったことは人前で口になさらぬ方がよろしいのでは。わたしが申し上げることでもありませんが、今後のご出世にひびきますよ。
話がそれました。楼西ですね。そう、栄華を極めた楼西にも、終わりの時がやってまいりました。
はい、ご城主のおっしゃるとおり。楼西は、梁に滅ぼされたのですよ。
当時、建国まもない梁の勢いはまさに奔流のごとく、波にのって周辺の国々を次々と平らげ、その手はついに楼西にもとどきました。王城に迫った梁軍は、城を二重三重にも囲み、昼夜を問わず攻めたてたとか。
ですが、ご城主もご覧になったでしょう。これほど城内が荒廃しているにもかかわらず、いまなお高く厚くそびえるあの大城壁を。大海の
なにより、楼西の兵は強うございました。もともと楼西の民は、はるか西方で馬を駆っていた異民族の血を引いていたそうで、その性は剽悍にして勇猛。ことに弓の腕は群をぬいており、楼西兵一人を倒すために、梁兵十名の命を費やすほどであったとか。
城壁をはさんでの攻防はずいぶん長きにわたったそうですが、物事には必ず終わりというものがございます。万を超す梁軍に対し、城を守る楼西の兵はわずか千にも満たず、くわえて援軍の当てもございません。
はじめから、結果は見えていたのですよ。
城門が破られたのは、城を囲まれてから一月ほど後のことだったとか。梁の猛攻に耐えかねたというより、飢えに苦しむ民が内側から門を開いたという説の方が信に足ると、わたしは思いますが。
城門からなだれこんだ梁の兵は、またたく間に王宮を占拠し、わずかな手勢とともに最後の抵抗を試みていた楼西の王を城壁上に追いつめました。
ときの楼西の王は、歴代の王の中でも指折りの豪の者だったそうですが、尽きることなく押しよせる梁兵を前に、もはや最期と悟ったのでしょう。城壁の縁に立ち、その首を落とそうと群がる梁兵にこう言いはなったそうです――
阮之はそこでいったん言葉を切り、すくうような目つきで子怜を見た。
「――この城を奪いし者に、安寧の夜は訪れぬ」
おとした声でささやかれた言葉は、ぞっとするほどの暗さを帯びていた。
「そう言い遺して、楼西の最後の王は城壁から身を投げ、命を絶ったそうです。王城を占拠した梁は、この城を西域守護の要とし、名も沙州関と改めましたが、それからわずか数年で城から兵を引きあげました。苦労して得たこの城をあっさり放棄した理由というのが……」
かつん、と固い音がした。
硬質な音は、石の床を踏む長靴の響きらしかった。かつ、かつ、とその音は次第に近づいてくる。阮之が立ちあがるのと、扉が開くのがほぼ同時だった。
そこ立つ長身の人影を見て、春明はああやはり、と思った。予想はしていた。あの若者がそうなのだろうと。
淡い色の頭髪をきっちりと結いあげ、武官の正装に身を包んだ青年は、無駄のない足さばきで部屋に入ってくると、子怜の前でひざまずき、非の打ち所のない所作で礼をとった。
「沙州関が
青年が顔をあげた。
「
翡翠色の瞳が、落日をはじいて金色に輝く。目を奪われるほど美しく、そしてひどく挑戦的な光だった。
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