第五章 暁天の城

第五章 暁天の城(一)

 夢を見ていた。


 いつもの血なまぐさい夢ではない。明るい日差しがふりそそぐ、にぎやかな街中を歩いている夢だ。

 

 路沿いにぎっしりと並ぶ露店。声高に客を呼びこむ売り子。たくみな口上につられて店先をのぞけば、ひと癖もふた癖もありそうな店主が満面の笑みで迎えてくれる。


 腰をすえて値切りの交渉をはじめれば、いつの間にかまわりにひとが集まり、それは高いの、いや品がよいから仕方がないのと、無責任に口をはさんでくる。


 道行く人々の間を子どもたちが喚声をあげて駆けていき、すれちがいざまにぶつかられた男が耳なれぬ言葉で悪態をつく。おや異国の、と足を止めたところでようやく気づく。街を歩く人々の半分は異国の民であることに。


 白い肌、黒い肌、光をつむいだ金の髪、燃えるような赤い髪、空を映した青い瞳……多彩な色がそこかしこにあふれ、聞こえてくる話し声もどこの地の言葉やら見当もつかない。

 

 強い日差しを避け、目についた店の軒下に腰をおろして冷えた瓜を購えば、先ほどの子どもたちが寄ってきて瓜をねだる。


 荷を満載した驢馬ろば駱駝らくだが目の前をひっきりなしに行き交い、ときおり、そこに西方の美しい馬の群れが混ざる。


 鮮やかな色彩の衣に身を包んだ女たち。それを目で追う男たち。道端で大道芸でもはじまったらしく、遠くから風にのって歓声と拍手が聞こえてくる。


 このにぎやかさは、まるで祭りの日みたいだ。


 そう思ったところで、春明しゅんめいは目が覚めた。




 しばらく寝台の上に横たわったまま、春明はぼんやりと暗い天井をながめていた。体の中に、まだ夢の温もりが残っているようだった。


 あの夢はおそらく、と春明は考える。在りし日の沙州関さしゅうかんの姿だ。行き交う異国のひとびと。街の喧騒。いつか奎厦けいかが語ってくれたとおりの情景。

 

 春明は深く息を吐き、もぞもぞと身を起こした。周囲の闇はとっぷりと重い。夜明けまではまだ間がありそうだった。

 

 昼間、春明は子怜しりょうに告げた。夜が明けたらこの城を出て行くと。

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