第一章 漠野の城(三)
それから何がどうなったのか、気がつけば
「まずは近づきのしるしに」
その気持ちのよい飲みっぷりにつられて春明も一杯、二杯と重ねるうちに、気がつけば子怜に問われるまま、自分の生い立ちから、なぜ州令府の門前に立っていたかまで、あらいざらい語っていた。
姓は
「三年前というと、先の乱のせいで?」
先の乱とは、前朝、
「まあ、そんなところです。いま世話になっている家は、親戚といってもほとんど血のつながりもありませんので、いつまでも厄介になっているわけにもいかず……」
だからなんとか独り立ちを、と考えていたのだが、手にこれといった職もなく、ただ学者であった伯父に学問を教わっていたので、斉の世になって初の
「その
「運がよかっただけですよ」
謙遜ではなく春明はそう考えている。ひらかれたばかりの新王朝では、仕える官吏の数が圧倒的に不足しているはずだ。自然、試験の採点も甘くなろうというものである。
「それでも誇るべきことさ」
子怜はそう言ってくれたが、養家の夫婦はちがう感情を抱くはずだと、春明は苦い思いを酒とともに呑み下した。
苦しい家計をやりくりして養家の夫婦が春明の受験費用を捻出してくれたのは、ひとえに春明の将来を思って――のことではない。春明がはれて斉の官吏となれば、自分たちもそのおこぼれにあずかることができる。そんな打算に裏打ちされてのことだ。その期待を裏切った春明を、養家夫婦があたたかく迎えてくれるとは思えなかった。
「それで、お話とは」
「ああそうだった。じつは、ぼくも斉に仕える官吏のはしくれでね。先月まで
自分といくらも年が違わないように見える青年が官吏、しかも皇帝の居城がある京師勤めだったと聞いて、春明は仰天したが、すぐにさもありなんとうなずいた。
青年の、簡素ながらも上質な身なり。繊細な美貌と優雅な挙措。なにより、気さくでありながら、どこか他人に命令することに慣れた雰囲気。この青年はおそらく貴顕の出だ。
「転任とおっしゃいますと、ここの州令府に?」
「いや、慶州府の管轄ではあるけど、ぼくの任地はもっと西」
かたむけた酒盃からしずくがこぼれ、子怜はそれを舌でなめとる。たったそれだけの仕草がぞっとするほど
「おや、けっこういける口だねえ」
子怜は空になった春明の杯にすかさず酒をつぎながら、唇の端をにっとつりあげた。
「
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