第三章 亡国の城(九)
「やあ」
扉の陰から、華奢な青年が顔をのぞかせた。
「……あんた、いつからそこにいた」
するりと部屋に入ってきたのは
「きみのお母上が追い出されたってあたりから」
つまりほぼ最初からというわけだ。
「出ていけ」
先ほどまでの親密な空気は霧散し、緑の眼には常のごとく冷ややかで硬質な光が宿っていた。
「おおせのとおりに。だけど、きみも少しは眠ったほうがい。明日も指導を頼みたいからね」
「まだ続けるのか」
いい機会だと思ったのかもしれない。奎厦は子怜を問いつめた。
「いいかげんにしたらどうだ。あんなことをしても、なんの解決にもならん」
「心外だな。効果は出ているだろう。皆の顔つきも良くなっている。ぼくが来たばかりの頃は皆いまにも死にそうな目をしていたのに、最近はまともになってきたじゃないか。きみだって気づいていると思うけどね」
それは
「……いつまで続けるんだ」
奎厦がいまいましそうに尋ねた。
「たしかに、あんたのやり方にもそれなりの効果があるらしい。夜中に飛び起きて騒ぎを起こすやつもいなくなった」
「でしょう」
「だがな」
奎厦は子怜の得意顔に釘をさす。
「いくら兵を鍛えようと無駄だ。夢は終わらない。そうだろう」
奎厦の言うとおりだった。
この夢には、果てがない。
相手は夢。幻影の兵だ。倒しても、倒しても、毎晩
「はじめはいい。だが、遠くない先、必ず揺りもどしがくるぞ。戦いの高揚は長続きしない。終わりのない戦いに兵は疲れはて、いずれ倒れる。そうなったら二度と立ちあがらせることはできない。それとも、それがあんたの狙いだとでも」
「ああ、そういう見方もできるのか」
子怜は感心したようにうなずいた。
「きみはよくよく見当はずれの方向に頭がまわる」
「なんだと……」
「まあ落ち着きなって。じゃあ、きみならどうする」
子怜はにこりと笑う。
「どうやって、この呪いを解く。そうやって楼西の文献をあさったところで、解決の糸口すら見つかっていないんだろう。これ以上いくら過去をほじくりかえしても先には進めないよ。それとも――」
子怜はさぐるような眼差しを奎厦に向けた。
「まだ、ぼくに話していないことでもあるのかな」
奎厦は唇をかんで子怜をにらみつけた。
「……出ていけ」
「はいはい」
子怜はわざとらしく肩をすくめ、春明をうながして部屋を出ていきかけたが、扉に手をかけたところでふりむいた。
「ねえ奎厦。さっきのきみの質問、いつまで続けるかってやつ」
扉の隙間から淡い光が差しこんでいる。夜明けが近い。
「じつはね、ひとつ考えがあるんだ。聞きたい?」
「いや」
「可愛くないね。まあいいや。邪魔したおわびに教えてあげるよ――夜明け」
その言葉に、奎厦は目を見ひらいた。
「夜明けまで殺されずに持ちこたえたら、ぼくらの勝ち、てのはどう?」
「……なんの根拠があってそう思う」
「根拠なんてないよ。でも、考えてごらん。楼西の軍が攻めてくるのは決まって夜だ。それも月も星もない闇夜。夢のなかではね。でも現実は――」
子怜は手をあげ、朝の光に指をかざす。
「こうして夜は明ける。永遠に続く夜なんてありはしない。だから、こう考えた。もし、現実で夜が明けるまで、ぼくらが殺されずに楼西の兵と戦えたら、その瞬間、ぼくらは勝者となる。ね? いい考えだろう」
奎厦はしばらく子怜をにらみつけていたが、ふいと目をそらした。
「つまりは、思いつきか」
「そう」
子怜は白い光があふれる廊下に足を踏みだした。
「全部、思いつきだよ」
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