第一章 漠野の城(四)
「
はじめて耳にするその名に首をかしげる春明に、子怜は簡単に説明してくれた。
沙州関とは、慶州の西のはずれにある
「そのぼろ城を」
遠慮なく子怜は言いはなつ。
「建てなおすことになってね。近隣から
春明は目の前の青年が土木工事の先頭にたつ姿を想像しようとしたが、どうにもうまくいかなかった。吏部の役人も気が利かないものだ。この典雅な青年には礼部で儀典を采配させるか、いっそ皇族の側仕えでもさせたほうがよほど似合いというものだろうに。
「それではるばる
そうだと肯定されて、春明はほっと胸をなでおろした。供もつれずにやってくるということは、そこまで身分の高い人でもないようだ。下位の貴族の子弟がどうにか地方官吏の役職を得たといったところだろうか。
「まあ、
そこで春明に目をつけたのだという。
「お話はわかりましたが、なぜわたしに? 供人ならば周旋屋に行けばいくらでも紹介してくれるでしょうに」
「もちろん行った。だけど、あいにく適当な人が見つからなくてね」
「だからといって、会ったばかりの者を雇うなど無用心にすぎるのではありませんか。荷を持ち逃げでもされたらどうします」
「するの?」
「しませんよ」
真顔で問われて春明は苦笑した。
「だったらいいじゃない。
「……」
「それにきみ、なんとなく帰りたくなさそうな顔をしてたし」
その言葉に、春明はつと胸を突かれた気がした。
ほのかに酔いがまわった春明の頭に、いくつもの顔が浮かんでは消えていく。
いまは亡き伯父の顔。州試の監督官の顔。そして、春明が
「――どうする」
かろやかな声に、春明は物思いからさめた。
「ぼくは、きみに来てほしいんだけどなあ」
少女のような朱唇が歌うように言葉をつむぐ。空をながれる雲のような、岸辺にそよぐ柳のような、そんな微笑を前にして、春明は胸の奥に
いまだけ、と春明は思った。いまだけ、少しだけなら許されるだろうか。すべてを投げ打って、束の間の自由を味わっても。できればこの青年のそばで。
「――いいでしょう」
返事をするまで、さほど時はかからなかった。
「わたしでよければお供いたします。子怜さま」
「決まりだ」
子怜は華やかな笑みを浮かべ、酒杯をかかげる。それに応えて春明も杯を持ちあげた。頬が熱いのは酔いのせいだと自分に言い聞かせながら。
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