第三章 亡国の城(六)
自分の絶叫で、目がさめた。
夢を見ていた。例の夢だ。耳に突き刺さる鐘の音。影絵のように走りすぎる人々。闇夜を焦がす無数の篝火。そして、殺戮。
「……もういい加減にしてくれよ」
痛む頭を抱えて春明は記憶をたぐった。
今夜は、めずらしく抵抗したのだ。鍛錬を重ねる兵を見ているうちに自分もやればできるのではないかという気になり、昼に棒術を教わった。指南役の兵から「筋がいい」とお世辞半分の言葉をかけられたのが嬉しくて、つい腕が痛くなるまで棒をふりまわした。これなら
「やっぱりだめか……」
あっさり殺された。やはりそう簡単にはいかないらしい。
ほかの皆はうまく戦えているだろうか。城壁上で
いまさら眠りなおす気にもなれず、春明は寝台から降りると素足に
壁にかかった燈篭からもれる光が、暗い廊下を頼りなく照らしている。窓に切りとられた群青の空に、小さな丸い月がぽっかりと浮んでいた。
どこに行くともなしにぶらぶら歩いていた春明は、ふと顔に風を感じて足を止めた。
右手にのびる廊下のつきあたりに古びた扉があり、そこから風が吹き込んでいた。こんなところに部屋などあったかなと思いつつ、春明は近づいて扉を押した。きい、と音を立てて扉が開く。
扉のむこうに現れたのは、部屋ではなく階段だった。下へとのびる階段は、数段先から闇に包まれている。どこまで続いているのかはわからないが、ずいぶんと深そうだ。
はじめて目にする通路に好奇心をくすぐられた春明は、壁にかかっていた燈篭をひとつ拝借すると、扉の向こうに足を踏みだした。
壁に手をつきながら、一段一段、慎重に階段をおりる。二十段目を数えたところで階段は終わった。その先は石畳の通路だった。
廊下の左側には大きな扉が三つ並んでいる。扉の大きさからして、おそらく倉庫か何かだろう。外気の影響を受けにくい地下は、食糧などを保管するのにもってこいだ。
なんだつまらないと、肩すかしをくらった気持ちで引き返そうとしたとき、一番奥の扉から細い光がもれていることに気づいた。そっと扉に近づいて中をのぞくと、かびくさい書物の香りが鼻をかすめた。
さして広くもない部屋の壁に、書物やら竹簡やら紙の束やらが山と積まれている。部屋の真ん中には小さな卓が据えられ、一人の男が何やら熱心に書き物をしていた。灯火に照らされたその横顔は、春明がよく知るひとのものだった。
淡い色の頭髪、彫りの深い眉目。沙州関城輔、崔奎厦だ。
なんとなく、見てはいけないものを見てしまったような気がした春明は、足を忍ばせて立ち去ろうとしたが、そこで運悪く欠けた石畳につまずいてしまった。
「誰だ」
険しい声をかけられ、春明はおずおずと扉の影から顔をのぞかせた。
「……おまえか」
奎厦はほっと息を吐くと、卓の上に広げてあった紙の束をまとめて側にある箱に放りこんだ。その手つきがいやに性急に見えたのは、春明の気のせいだったろうか。
「こんな夜更けに何をしている」
きつい眼を向けられて春明はひるんだが、回れ右をする前に言わなくてはならないことがあったのを思い出した。
失礼します、と部屋に入り、奎厦に頭を下げる。
「先日は助けていただいてありがとうございました」
奎厦は怪訝そうな顔をした。
「なんのことだ」
「わたしがこの城に来た最初の晩のことです。脱走兵に殺されてかけていたところを、奎厦さまが助けてくださいましたよね」
「ああ……」
あれか、と奎厦はうなずく。
「あの程度のこと、恩に着られるほどのことでもない」
そこで何を思ったのか、奎厦は春明に椅子をすすめた。
「おまえとは少し話をしたいと思っていた」
「はあ……でも、お仕事のお邪魔ではありませんか」
意外ななりゆきに及び腰になった春明だったが、奎厦は「かまわない」と首を横にふる。
「もう
「そうですか……」
春明はあきらめて腰を下ろした。
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