沙州関異聞

小林礼

第一章 漠野の城

第一章 漠野の城(一) 

 かわいた風が、褐色の大地から砂を巻きあげる。


 ぴしぴしと頬をうつ砂粒に閉口し、外套の頭巾を引きずり下ろそうとしたときだった。砂塵にかすむ視界のむこう、峨々たる山脈のふもとに、ぽつりと黒いものがゆらいで見えたのは。


 春明しゅんめいは手綱を引いて馬の脚を止め、雇い主に声をかけた。


子怜しりょうさま、あれを……」


 ごらんください、という言葉を春明は呑みこみ、かわりに密やかな感嘆の息をもらす。


 春明が声をかける前から気づいていたのだろう。雇い主の青年は頭巾をはねのけ、西の彼方に目をらしていた。あらわになった横顔は、あたかも名工が精魂込めて刻んだ玉細工のごとく、見る者のため息を誘ってやまない。


「やあ、ようやく着いた」


 かざしていた手を下ろし、青年は春明に笑いかけた。


沙州関さしゅうかんだ」


 無彩色の荒野に咲いた、白い花のような笑みを眺めながら、春明は脈絡もなくふと思った。


 自分は本当に遠いところに来たのだな、と。

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