第8話 1003号室に潜む殺意

ついに、奴の息の根を止める日がやってきた。


"奴"というのは、麻雀馬鹿のウォルナッツ・ノチェロ・シュクルブランのことだ。


聞くところによれば、現在奴は呑気な顔をして世界各地の雀荘を旅打ちして周っているという。


腹が立つほど能天気な極楽野郎だ。


まぁ、奴の居場所を突き止めた今となってはもうどうでもいいことだが。


しかし、他の魔術師と違って奴の居場所を突き止めるのはそう容易ではなかった。


別に奴が桁違いに強い魔術師だからとか、そういうことではない。


一言で説明するなら、あいつの魔力がほぼゼロに等しいから――とでも言っておこうか。


魔力とは、すなわちその者を特徴付けるオーラ、つまり匂いのようなものなのだ。


よって魔術師を探すのならば、この魔力を辿っていけば容易に見つけることができるというわけだ(まぁ、広範囲となると少し難しくなるが)。


しかし、これが魔力を持たない人間や、ウォルナッツのような魔力の弱い魔術師となると話は別だ。


どこの雀荘を探しても見つからないものだから、ひょっとしたらすでに死んでいるのかもしれないと、半ば諦めかけたほどだ(あいつのことだから、雀荘で博徒の代打ちして、負けて海に沈められている可能性も多いにあるだろうし)。


でも、諦めなくてよかった。


夕方訪れた雀荘のオーナー(確かマロンだかメロンだかそういう名の)が、ウォルナッツの居場所を教えてくれたのだ。


こんなチャンスは二度とないと思い、さっそくあたしは豪華客船サントノレ号に不法侵入した。


そして今あたしは、1003号室の部屋にいる。


そう。今夜ウォルナッツが泊まる部屋だ。


今頃奴はあたしが部屋で待ち伏せしているとも知らずに、ギャンブルルームで麻雀でもしているに違いない。


ふふふ…。呑気にしていられるのも今のうちだ、ウォルナッツ。


なんたって今夜お前はあたしに殺されるんだから。


それも…たっぷりと生き地獄を味わってもらってからね…。


大鎌の峰を指先でなぞりながら、あたしは奴をどう殺してやろうかと考えた。


そうだな…。


まずは、絶対に逃げられないように"ポイズンニードル"で全身を麻痺させて動きを封じこめてやろう。


なんたってあいつはゴキブリ並みにすばしこいからな。


魔術を使うのはここまでだ。


あとはこの大鎌で奴の肉を裂く感触を味わいながら、じわりじわりといたぶり殺してやる。


まずは手足の指を第一関節から順番に切り落としていき…。次に目ん玉をくり抜き…。全身の生皮を一気に引き剥がす…。


そして最後に腸を引きずり出し、奴の顎がはずれるまでパンパンに口に詰め込んでフィニッシュ!


ふふ…あいつは許しを請いながら断末魔の叫びを上げるだろう。


勿論、許してなんかやらないけどな。


「痛ッ!」


突然、右手の中指に、チクリと差すような痛みを感じた。


見ると、中指の腹に棘らしきものが刺さっていた。


いつの間に棘なんて刺さったのだろう…?なんだか植物の棘のようだが…。


――――ああ、わかった…!


さっきガールズバーで飲んだ、ブラッディ・ローズだ。


あの一輪挿しみたいなふざけたカクテル…。飲むのに邪魔だったから、飾りに刺さっていた薔薇をグラスから引き抜いたのだ。


きっとその時、棘に触れてしまったに違いない。


それにしても、抜けないな。


左手でなんとか抜こうとしたのだが、最悪なことに益々奥にめり込んでしまった。


「あ~!イライラする!くそ!」


そういえば、バーにいた"あの男"もあたしと同じカクテルを飲んでいたな…。


さっきは人間の姿をしていたけれど、あの鋭い金色の瞳と、奴の全身から醸し出される邪悪で嫌らしいオーラからして間違いない。


あいつは、吸血鬼の中でも最も獲物の選り好みが激しいと言われている、ロムヴェーレ・マートン・ソーレンスだ。


噂によれば、毎夜のごとく若く美しい女性を襲い、血をすすっているとか。


おまけに今朝拾い読みした新聞にも、奴の人相書きが載っていた。


一億πの賞金首にかけられたようだが、並みの人間にそう安々と捕まる男ではないだろう。


おそらく一流の魔術師でも、ソーレンスを仕留めるのは難しいのではないだろうか?


まぁ、あたしには関係のない話だけど、さっきはついガン見してしまった。


あの時の奴の顔といったら本当に傑作だったな。


あたしの十字架に気付くなり真っ青な顔しちゃって。



―――と、その時、廊下から足音が聞こえてきた。


「やっと来たな…ウォルナッツ…」


あたしは右手を前に突きだし、毒針を発射する準備を整えた。

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