第12話 絶体絶命
「あなたは三年前に総帥とその側近二人を殺した…。もう復讐は十分でしょう!」
ミルテ達が去ったあと、私はガーネットと戦いながら、彼女をなんとか改心させようと必死で説得を続けていた。
「いやだね!一番殺したい男がまだ生きてるってるって言うのに、誰がここで身を引くもんか!」
私の光のバリアを大鎌で何度も叩きつけながら、ガーネットは頑としてそう言い張った。
一番殺したい男というのは、私の父、ウォルナッツのことだろう。
「お前の父親の裏切りのせいで、母さんはあいつらに殺されたんだ!すべての原因は、元々あの男なんだよ!」
大鎌の刃の切っ先が、私のバリアにじわじわと食い込んでくる。
瞬間、光りのバリアは粉々に砕け散り、間髪開けずガーネットは大鎌を振りかぶった。
体勢を整えながら、私はやむなく聖なる光りの呪文を唱えた。
少々加減はしたつもりであったが、彼女は片膝を折って苦しみの声を上げた。
私は彼女に歩み寄り、なだめるようにこう話した。
「あなたは大きな勘違いをしているわ、ガーネット。私の父が総帥におば様のことを密告したのは、病気のあなたを治療してもらうためだったのよ。あなたの命を助けるために、マカダミアおば様が父にそうするように頼んだの」
私の言葉に、ガーネットの眉がピクリと反応した。
「騙されるもんか…」
ガーネットは小さくそう呟くと、ふいに目を剥き、勢いよく立ち上がった。
私は思わず目を見張った。
信じられない…。加減していたとは言え、私の光の呪文をまともに食らってまだ動けるなんて。
こうなったら本気で行くしかなさそうね。
ところが、私が再び呪文を唱えようとしたその時――
「死ね!」
ガーネットが右手を前に突きだし、その掌から無数の毒針を放った。
私は咄嗟に光の壁を張った。
なんとか毒針から身を守ることはできたが、ガーネットは私に隙を与えず、次々と攻撃を繰り出してきた。
私は身を守るため、彼女が大鎌でバリアを壊す度にまた新しいバリアを張らなければならなかった。
しばらくその繰り返しが続いた後、ふとある違和感を抱いた。
おかしい…。さっきから作っても作ってもバリアが簡単に破壊されてしまうのはなぜだろう?
それに、なんだか体も重いし、心なしかバリアの膜も薄くなって脆弱化しているような気がする。
まさか、マジックポイントが底を尽いた…?
いや、そんなことあり得るはずがない。
確かにさっき難易度×★5の魔法を使ったけど、そこまで大量にマジックポイントを消費したわけではない。
せいぜいまだ半分は残っているはずだ。
ところがいくら魔力を込めてもバリアは強度を増すどころかみるみる薄くなっていく一方で、やがて砂のように消え失せてしまった。
どうやら、本当にマジックポイントが底を尽いたらしい。
「おやおや、ひょっとしてバッテリー切れかい?」
私の様子を見て、勝ち誇ったような表情を浮かべるガーネット。
彼女は大鎌を片手に一歩ずつ私に詰め寄り、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「どうだい?あたしの毒針にマジックポイントを吸い尽くされる気分は?」
彼女の言葉に、私はハッとして自分の身体を見下ろした。
避けきれたつもりでいたが、やはり爪先に数本毒針が刺さっていた。
なるほど、ガーネットの毒針には麻痺作用の他に、人のマジックポイントを吸収する力もあるらしい。
――って、納得している場合ではなかった。
実に予想外の状況だ。勿論、悪い意味で。
正直言って、ガーネットにここまで追い詰められるとは思っていなかった。
どうやら私は彼女を侮りすぎていたみたいだ。
こんなことなら最初から本気で行くべきだったわ。
でも、諦めてはいけない。
まだ手はあるはずよ。
たぶん…。
ひとまず爪先に刺さった毒針を引き抜く。
これでもうマジックポイントを吸収されることはない。
取り合えず、マジックポイントがある程度回復するまでひたすら時間を稼ぐ…!それしか手はないわ!
私は懐から、非常用に所持しているナイフを取り出した。
勿論ナイフなどでガーネットの大鎌に敵うはずはないとわかってはいるが、丸腰よりはましだ。
「そんなものであたしに対抗するつもりかい?」
ガーネットはせせら笑った。
「お上品なあんたのことだから、どうせナイフなんてリンゴの皮を剥く時くらいにしか握ったことないんだろ?」
ギクリ。図星をさされた…。
だが、プライドの高い私はどうしても否定せずにはいられない。
「そんなことなくってよ。じゃがいもの皮だって剥いたことあるわ」
私の言葉に「やっぱりな」とガーネットが鼻を鳴らす。
「セリーズ、あんたの魔術の腕前にはさすがのあたしも脱帽するけど…」
彼女はここで言葉を切ると、急に意地悪っぽい口調になって、「あんた、魔術以外の戦闘術はからっきしだね!マジックポイントがなければただの小娘じゃないか」と高笑いした。
確かに彼女の言う通り、魔術の使えない私は普通の人間の女の子と同じだ。
魔術以外の戦闘術なんて、覚える必要もないと思っていたから。
だって、魔物と戦うのに銃や刃物なんか役に立たない。
奴らから身を守るためには、魔術を使うしかないのだから。
それに、個人的に私は血が噴き出す武器は大嫌いだ。
「こんなことならナイフ術の特訓くらいしておけばよかった…なんて考えてるんだろ?」
私の顔を覗き込みながら、可笑しくてたまらないといった様子でガーネットが話しかけてくる。
「誰がそんなこと思うものですか」
私は昂然と言い返した。
「私は銃も刃物も大嫌いよ。あれは身を守るためのものではなく、人を殺すために作られた野蛮な道具だわ」
「はん!綺麗事言ってんじゃないよ!」
ガーネットは私の喉元に大鎌の峰をぐいと押し当て、声を荒らげた。
しかし、私も負けじと言い返した。
「綺麗事じゃないわ!私はどんなことがあっても絶対に他人の命を奪ったりはしない!」
「どんなことがあっても?」
ガーネットは腹立たしげに顔をしかめた。
「何を根拠にそんなこと言い切れるんだい?」
彼女は畳み掛けるようにさらに続けた。
「じゃあ、たとえあたしがウォルナッツを殺しても、あんたはあたしに復讐したりしない。そういうことだね?」
私は言葉を失ってしまった。
考えてみれば、私は大切な人を失ったことがないのだ。
母親を目の前で殺されたガーネットの気持ちはわからない。
だけど、だからと言って復讐のために人を殺したりしてはいけない。
人を殺してもいい大義なんて存在しないのだ。
必ず誰かが悲しむことになる…。
「さて、無駄話は終わりにして、そろそろ決着をつけようか、セリーズ?」
氷のように冷たいガーネットの声。
頭上に迫り来る大鎌の刃。
――――まずい!殺られる…!
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