第10話 迫りくる刺客
ようやく926号室にたどり着いた。
私は激しく扉を叩きながら大声でウォルナッツさんの名前を連呼した。
「ウォルナッツさん!いますか!いたら返事してください!」
しかし返事はなく、部屋の中からは物音一つ聞こえてこなかった。
――――まさか…もうすでに…?
最悪の事態を想像した。
「とりあえず、中に入ってみようぜ」
私を押しのけ、扉を壊そうとロムが右手を振り上げる。
激しい衝撃音と共に、扉が丸ごと抜けて部屋の中へと吹っ飛んでいく。
なんて乱暴な…。
「ちょっと!もう少し丁寧にやることはできないの?ウォルナッツさんが怪我したらどうするのよ」
「安心しろ。誰もいないみたいだぜ」
ロムは部屋の中を顎でしゃくった。
確かに室内には誰もいないようである。
「どこへ行ってしまったのかしら?」
「トイレにでも行ったんだろ。部屋の外で待ち伏せしてりゃ、そのうち帰ってくるさ」
「まったく、呑気ね。他人事だと思って」
「何とでも言えよ」
ロムは鼻を鳴らし、くるりと私に背を向けて歩き出した。
「どこ行くの、ロム!」
「そんなの決まってるだろ」
彼は首だけ振り返り、ニヤリといやらしい笑みを浮かべた。
「月餅王国の女を狩りに行くんだよ」
「は?馬鹿ね…あんな話でたらめに決まってるじゃない」
「なんだと…?」
「あんたは勉強なんてしたことないから知らないんでしょうけど、月餅王国は超高齢化社会で、人口のおよそ90%が65歳以上なのよ。若い女性なんて数えるほどしかいないわよ」
とたんにロムはこめかみに青筋を浮かせ、怒りに身を震わせた。
「クソ!あの偽メイド、俺様を騙しやがったのか!今度会ったら―――」
突然ロムは口をつぐんで廊下の端に目をやった。
「誰か来るぞ」
ひとまず私達は926号室に身を隠し、入口からそっと様子を窺うことにした。
ほどなくして、右側の廊下から茶色のローブを羽織った間の抜けた顔の中年男性が歩いてくる姿が目に入ってきた。
“麻雀必勝法”というタイトルの本を小脇に抱え、呑気に鼻歌など歌っている。
ロムは確信ありげに言った。
「あいつがウォルナッツだな。あの馬鹿面からして間違いない」
同感だ。
「じゃあ、隠れる必要はないわね」
「いや、待て」
廊下に出ようとした私の腕を、ロムがぐっと掴んだ。
「あっちの方からも誰か歩いてくるぞ」
ロムは左側の廊下を指差した。
距離が遠くて姿はよく見えないが、確かに微かな魔力を感じる。
まるでわざと押し殺しているかのような、そんな得体の知れない微弱な魔力だ。
私は懐から杖を取り出し、息を詰めてその人物が近付いてくるのを待った。
まだその顔ははっきりと確認できないが、何やら両手に細いワイヤーのようなものを持っているようだ。
あれはまさか、暗器としてよく用いられるという、鋼糸という武器だろうか…?
どうかラズベルではありませんようにと、私はひたすら祈り続けた。
確かに彼には怪しい点が多いが、心の底の底の底ではまだ彼のことを信じたい気持ちもあったのだ。
「おい、ありゃロン毛のラズベルじゃないか!」
私の祈りもむなしく、彼は姿を現した。
予想していたこととは言え、やはりショックだった。
が、まだ彼が刺客であるとは断定できない。もしかしたら偶然通り掛かっただけなのかもしれないし、あのワイヤーだってただの釣り糸かもしれないのだから。
ところが次の瞬間、そんな私のわずかな希望を打ち砕くかのように、ラズベルはウォルナッツさんの左胸を目掛けて勢いよくワイヤーを投げ放った。
―――――まずい!なんとかしなければ…!
私は杖を構えて廊下に飛び出した。
なんとかラズベルの鋼糸を断ち切らなければ…!
「食らえっ!
が、私の放った炎は見当違いの方向へと飛んでいき、壁に跳ね返ってロムの足元へと落下した。
「熱ッッつ!!何すんだ!この三流!」
爪先に燃え移った炎をハンカチで叩いて消しながら、ロムは私にあらん限りの罵声を浴びせた。
「ごめんなさい。炎系の魔法はまだ使ったことなくって…」
「そんな魔法使うなよ!だいたい、ワイヤーが炎で断ち切れるわけがなかろう!ノンワイヤーブラを着けてるお前は知らんだろうが、ワイヤーは不燃ゴミなんだぞ?」
「ブラの話は関係ないでしょ!そんなことより…」
私はさっとウォルナッツさんの方を振り返った。
ラズベルの鋼糸の先端が、今にもウォルナッツさんの左胸を貫こうとしていた。
――――ダメだ…!もう間に合わない…!
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