第15話 ユベシ逃亡

 父上の誕生記念パーティーから一夜明けた夕方。


本日の執務を適当なところで切り上げた僕は、一息つこうとソファに腰を下ろし、読みかけの小説を手に取った。


しかし、読み始めてから数分も経たないうちに、慌ただしいノックの音と、叫ぶように僕を呼ぶサンディアの声が聞こえてきた。


「サンディアのやつ、一体どうしたんだろう…?ずいぶん取り乱してるな」


僕は本を閉じ、ひとまずドアを開けてやった。


サンディアは、まるでこの世の終わりが来たかのような顔をして立っていた。


「僕のお楽しみの読書の時間を邪魔するくらいだから、よっぽど重要な用件なんだろうな?まさかとは思うが、愛の告白か?」


取りあえず彼女の気を落ち着かせてやろうと、僕はわぜとふざけてみせた。


「くだらない冗談言ってる場合じゃないですよ、エルド王子!」


サンディアは怖い顔で僕を一喝すると、一息ついてから落ちついた口調で話し始めた。


「ゴブリンが城中に大量発生してるんです!もう暴れまくって大変なんですよ!何しろ数が多すぎて、我々がいくら退治しても切りがないんです…」


「なんだって?本当なのか?」


僕は疑わしげにサンディアを一瞥し、ドアからそっと顔を覗かせた。


瞬間、思わずギャッと驚嘆の声が出た。


床は勿論、壁や天井に至るまで、見渡す限りゴブリンだらけだったのだ。


「なぁ、サンディア、これは僕の悪い夢なんじゃないのか…?」


僕は目の前の現実を受け入れられず、助けを求めて彼女の肩にすがった。


「いいえ、現実です」


サンディアはぴしゃりとそう言い放ち、僕の右手の甲をぐいっとつねった。


痛い…。確かに夢ではなさそうだ。


ようやく落ち着いてきた僕は、冷静になって状況をよく考えてみた。


おそらくこのゴブリン達は、何者かによって魔界から召喚されたのだろう。

しかし、わからないな…。一体誰がそんなことを…?


その時ふと、僕の頭の中にある人物――いや動物の顔が思い浮かんだ。


「どうしたんですか?エルド王子…?」


サンディアが怪訝そうに僕の顔を覗き込む。


僕は何も答えず、彼女を押し退けて走り出した。


邪魔なゴブリン達をウインドブラスト(突風を起こし、敵を吹き飛ばす魔法)で蹴散らしながら、廊下の突き当たりにある物置部屋へと向かう。


そう。あのユベシとかいうコンドルを閉じ込めていた部屋だ。


ドアを開けると、案の定奴を閉じ込めていた鳥籠が空になっていた。


そして床を見下ろすと、そこには直径二メートル程の大きな魔方陣が描かれてあった。


どうやら間抜けそうに見えたあのコンドルは、中々の食わせ者だったらしい。


おそらく何らかの方法で(十中八九魔法を使ったと考えられるが)鳥籠を抜け出し、さらに僕らへの腹いせとしてゴブリンを大量に召喚したのであろう。


うーん…実に迂闊だったな…。能あるコンドルは爪を隠すとは、まさにこのことだな。あの間抜けなコンドルに、まさかこんな力があったなんて。


いや、感心している場合じゃないぞ。実に厄介なことになった。

父上と兄貴が明朝外出先から帰ってくるまでにこの有り様をなんとかしなければならない。


一番手っ取り早いのはゴブリン達を再び魔界へ送り返すことなのだが、残念ながら召喚解除を行うことができるのは魔物を召喚した本人――つまりユベシだけなのだ。


そのユベシも今はどこかへ逃げてしまったし、もはや我々に残された選択肢は、ひたすらゴブリンを倒しまくる、それしかないようだ。


だがしかし困ったな…。これだけの数のゴブリン達を、父上達が帰ってくるまでにどうやって始末したらいいのだろう…。

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