第三章
第1話 黄昏の侵入者
ここは月餅王国第四騎士団が警備を任されている要塞地帯。
出入国管理は国境手前に建設されたこの要塞で行われており、ここで入国審査をクリアできなければ月餅王国本土に足を踏み入れることは許されない。
そして審査を通過するために必要なものはただ一つ、それは通行許可証だ。
しかしこの通行許可証、ワケありの者が正規の手続きを踏んで手に入れるのは非常に難しい。
クオリティーの高い偽造許可証を発行してくれるその手の業者も探せばいないこともないのだが、その販売価格は安くても一冊20万πとかなり高額だし、注文してから手元に届くまで最低一週間はかかると言われている。
よってこの選択肢を選ぶことができるのは、財布にそれなりの余裕があり、それほど入国に急いでいない者だけというわけだ。
ちなみに今の僕の状況はというと、一応上記の条件を二つ共満たしている(まぁ、この間の豪華客船の旅でだいぶ財布は軽くなったが、それでもまだ金庫に金や宝石はたくさん残っている)。
しかし、わざわざ高い金を払って偽造パスポートを作るよりも、もっと簡単で手っ取り早い方法がある。
それは、強行突破だ。
安全で確実なのは、魔術で警備の者達を眠らせ、その間にゲートを突破することなのだろうが、僕個人としては魔術を使わずに切り抜けたい(そもそも僕はそういった催眠術系の魔術はあまり得意ではない)。
「敵の数は二十人。人数は多いが、所詮はただの烏合の衆…お前の敵ではないだろう。それに加えてもうじき日暮れだ。夜目のよく利くお前には最高のコンディションじゃないか」
状況を冷静に分析する声が頭上で響く。
声の主が誰であるのかは、勿論わかっている。
彼は音もなく軽やかに羽を広げ、木の上から僕の元へと舞い降りてきた。
怜悧に光る赤い瞳、引き締まった小さな身体を覆う艶やかな光沢のある黒い羽毛、そして巨大な鉤爪を持つ三本の足。
彼の名はハロングロットル。
足が三足であることを除けば見た目は普通のカラスと相違ないが、彼はヤタガラスというれっきとした魔物で、その鉤爪は肉を一瞬で切り裂き、嘴の中に隠された鋭い牙は骨を容易に砕くことができる。
彼は僕の使い魔であり、また良きパートナーでもある。
「そうだね…」
僕は軽く相槌を打ちながら、懐から長い鋼糸を一本取り出し、指に軽く巻き付けた。
僕は普段よりこの鋼糸で“獲物”を射止めており、仕事中に魔術を使うことはほとんどない。
なにしろ魔術というものは厄介で、一度使うとその場にしばらくはその者独特の魔力の気配が残ってしまう。
つまり現場にその気配を少しでも残してしまうと、素性がバレる原因ともなりかねないのだ。
あの吸血鬼のロムヴェーレ・マートン・ソーレンスのように、新聞の一面記事に人相書きを載せられるのだけは御免こうむりたい。
僕は鋼糸をピンと張って構え、屈強の剣士達が警備を固める国境門へと向かって歩き出した。
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