第7話 初めてのガールズバー

しかし、結局その日、俺はギャンブルルームには行かなかった。


いや、行かなかったというより、入れなかった。


入ろうとしたら、受付の女に入場料5000πを払えと言われたのだ。


まったく、腹の立つことだ!


そこで俺はその女を殴って失神させ、無理やり中に入ろうとした。


だが拳を振り上げたちょうどその時、誰かが後ろから俺の背中を突っついてこう言った。


「お兄さん、もっと楽しい所へ連れて行ってあげるよ」


振り返ると、見覚えのある顔がそこにあった。


そう。悪趣味なバッジをジャラジャラ付けた、あの胡散臭そうなロン毛の乗組員だ。


「ほう。では、その楽しい所とやらへ案内しろ」


「了解。じゃ、僕についてきて」



ロン毛は俺を、ショッキングピンクの派手なドアの前まで案内した。


「ここはタダで入れるんだろうな?」


ロン毛がくつくつと笑い出す。


「お兄さん、何寝ぼけたこと言ってるの?今時タダで入れる娯楽施設なんてあるわけないじゃん。勿論有料だよ」


「おい、ロン毛!貴様、さっき俺が入場料を払えなくてギャンブルルームから追い返されたのを見ていなかったのか?」


ムカついた俺は、我慢できずにその胸ぐらにつかみかかろうとした。


この俺様をからかう奴は容赦しねぇ。


「まぁまぁ、そんなに怒りなさんな。別に金を払えなんて言ってないだろ?」


ロン毛はヒラリと身をかわし、俺に向かって茶目っ気たっぷりにウインクした。


「僕のおごりだよ。一人で行っても面白くないしね」


「何…?お前も入るのか?」


「うん、勿論!」


何平然と頷いてんだよ。曲がりなりにも乗組員だろ…?


俺は開いた口が塞がらなかった。


だがショッキングピンクの扉を開けた瞬間、そんなことは一気にどうでもよくなった。


視界いっぱいに、セクシーな衣装を着たグラマーな女達がいる。


「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらのお席に」


若い金髪の女が俺達をカウンターの席に案内してくれた。


「取り合えずロイヤル・フラッシュで」


ロン毛が慣れた様子で注文する。


「お兄さんも好きなカクテルを注文していいよ。あ、メニュー表は壁ね」と、背後の壁を指差した。


なるほど。ここは酒を飲むバーか。


見たところバーテンは若い女だけのようだから、ひょっとしたらここは、噂に聞くガールズバーという所かもな。


よし。この中から今夜の俺のディナーを選んでやろう。


しかしまずは酒を注文するのが先だな。


酒はあまり好かんが、タダで飲めるものは飲んでおかないともったいないからな。


はて…どれにしようか…。俺もかっこいい名前のカクテルを注文してみたい。お…!これにしよう。響きがなかなか美しい。


俺は"ブラッディ・ローズ"というカクテルを注文した。


「ロン毛、お前乗組員なのにこんな所で油売ってていいのか?」


「大丈夫だよ。僕、乗組員じゃないし」


ロン毛はけろりと答えると、上気した様子でさらにこう続けた。


「実は僕、船乗りさんになるのが夢でね、その話を船長さんにしたら、特別に水兵服を貸してくれたんだ」


やっぱり偽物の乗組員だったか…。なんか胡散臭そうな奴だと思ったらそういうことか。


にしても、船乗りになるのが夢だって語るだけで、そんな簡単に水兵服って貸してもらえるもんなのか?


いや…そんなはずないよな…。きっと船長の弱味でも握っているか、金でも渡したかに違いない。


「さっき乗組員のお兄さんに、船を操縦させてほしいって頼んだんだけど、怖い顔で"船を沈没させる気か!"って怒られちゃってさぁ…」


そう言って、少し残念そうに肩を落とすロン毛。


俺にはその光景が容易に想像できた。


こいつの言う怖い顔の乗組員というのは、昼間俺達にウォルナッツの部屋を教えてくれたあの短髪の男に違いない。


あいつ、いかにも真面目って顔してるしな。


「あ、それと」


ふいにロン毛は思い出したように、


「そのロン毛っていう呼び方はそろそろやめてくれないかな。僕にはちゃんと、ラズベル・シャンボール・ウィラメットって名前があるんだから。覚えづらかったらラッくんでもいいからさ」


誰が呼ぶか。


ロン毛でいいじゃねぇか。明日坊主頭にするわけでもあるまいし。


「お待たせしましたー!」


ちょうどその時、バーテンの女が胸を揺らしながら俺達のテーブルへやってきた。


血のように赤黒い液体の入ったグラスが目の前へと置かれる。


ほう。これがブラッディ・ローズというカクテルか。


このドス赤い色といい、薔薇の花の飾りといい、まさにブラッディ・ローズの名にふさわしいカクテルだな。


それにしても、薔薇の花を茎も切らずに一輪丸ごとグラスに差すとは…ずいぶん斬新なことをするな。棘で指を刺さないよう気をつけないと…。


「ねぇ、ロム。あの人、さっきから君のこと見てるよ」


突然、ロン毛ことラズベルが俺の脇を小突いた。


こいつ、いつの間に俺の名を…?


ああ、そうか。ミルテが呼んでいたのを聞いて覚えたんだな。


「俺を見てるってのは、どのバーテンの女だ?」


店の中が混んでいて、よくわからないのだが。


「違うよ、バーテンの子じゃなくて…。ほら、あそこの隅のテーブルで、君と同じブラッディ・ローズを飲んでる赤毛の女の人だよ」


ラズベルの指差した先に目をやると、確かにそこには俺を見ている女がいた。


胸元の大きく開いた深紅のドレスを身に纏った、容姿端麗でスタイル抜群の若い女だ。


「きっと君に気があるんだよ。何か気の利いた言葉でも掛ければ一発で落ちるんじゃない?」


ロン毛はニヤニヤしながら彼女がいるテーブルの方を顎でしゃくった。


しかし、俺は行かなかった。


なぜなら女の首には、俺がこの世で最も恐れている“アレ”がぶらさがっていたからだ。


そう、クロスペンダントだ。


いくら美人でも、十字架を持った女には近付きたくはない。


ああ…あの形を目にするだけでも蕁麻疹がでてきそうだ。


彼女があんなペンダントを身につけていなければ是非ともテイクアウトしたいところだが…。


残念だ…。


「おやおや、行かないのかい?意外と臆病なんだね」


ロン毛が挑発的な視線を投げかけてくる。


「なるほど。その居丈高で上から目線な態度はただの虚勢ってわけかぁ」


「何だと?!」


奴の一言は、俺の怒りの導火線に火をつけた。


このくそロン毛が!吸血鬼の俺様を馬鹿にしやがって!


人目がなければ、骨の髄まで吸血してやるところだ。


取り合えず俺はブラッディ・ローズを一気に煽り、なんとか導火線についた火を鎮めた。


「うるせぇな。俺にだって事情ってものがあるんだよ」


俺はぶっきらぼうにそう答え、バーテンの女を呼んで酒のおかわりを注文した。


「くそ…あの忌まわしい十字架をこの手でむしり取ることができれば…」





それから数時間後、俺とラズベルはそれぞれ持ち帰り用の女を連れて解散した。


俺がテイクアウトしたのは、バーテンのミルクという女だった。


名前から想像する通り、色白でなかなかの巨乳だ。


バーを出た直後、待ちきれずにミルクを人気ひとけのない通路へと連れて行った。


「ちょっとォ!嫌よ、こんな所で…!」


抵抗するミルクを俺は壁に押し付け、乱暴に上着を引き裂いてやった。


「うまそうだ…!」


舌なめずりしながら、俺は吸血鬼の姿に変身した。


「ギャアァァ!化け物ォ!」


ミルクが叫ぶと同時に、俺はその白く滑らかな首筋に思い切りかぶりついた。


ああ…!パワーがみなぎってくる!やはり若い娘の血は最高だ!


「悪いな、ミルク」


俺は口元の血を絹のハンカチで拭い、ミルクを置き去りにしてその場から去って行った。


さて、少し部屋で休むとするか。確かウォルナッツの部屋が空いていたはずだ。


鍵が掛かっているかもしれないが、一蹴りで簡単にぶっ壊せるだろう。


そして小休憩のあとは、またお楽しみの狩りの時間だ。


ふふふ…この船に乗っていれば、しばらくの間は血に困らないかもな。

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