第6話 出港

1003号室はもぬけの殻だった。


「ウォルナッツ!どこだ!出てきやがれ!」


俺はミルテと二人でベッドの下やダストボックスの中など、隠れられそうな場所を片っ端から探しまくった。


しかし結局、それらしき人物は見つからなかった。


「くそっ!あの乗組員、部屋を間違えやがったな」


文句を言いに行ってやる!


「待って、ロム!」


いきり立って部屋を出て行こうとした俺をミルテが止めた。


「ひょっとしたら、ギャンブルルームにいるのかも。なんたってじいちゃんのマブダチよ?部屋で大人しくしてるはずがないわ」


何…?ギャンブルルーム…?なんだそれは…?


「さっき船内図を見たから、だいたいの場所はわかると思う。早く行こう」


ミルテは早口でそう言うと、俺の返事も待たずにものすごいスピードで部屋を出ていった。


あいつ、チビのくせに本当に足が速いな…。


感心しながら、俺はすぐさま彼女の後を追った。


ギャンブルルームは、二階へ上がってすぐの場所にあった。しかし、まだ中は準備中のようで、鍵が掛かっていた。


「もう!ウォルナッツさんてば、どこをほっつき歩いてるんだろ。こうなったら船内放送で…」


ミルテの最後の方の言葉は、まったく耳に入ってこなかった。別にボーッとしていたわけではない。


ちょうど汽笛が鳴ったのだ。


これは、出港の合図というやつか…?


「まずい、このままじゃ船が出港しちゃう!ひとまず出ましょう!」


ミルテは転がるように階段を降りていった。


確かに、急がないとまずいかもしれないな。だが、この豪華な船に残って優雅に船旅をするのも悪くなさそうだな。ギャンブルルームという所へも行ってみたいし、若い女も多そうだ。


決めた。俺はここに残るぞ。


「ロム、何してるの。早く!」


階段の下からミルテが俺を呼ぶ。


「ミルテ、俺はここに残ることにした。短い間だったが世話になったな」


俺の言葉に、ミルテは随分ショックを受けたらしい。顔が真っ青だった。


ひょっとして、俺に惚れちまったのか?


「私もあなたと一緒に行くわ」なんて言い出すんじゃないだろうな…?おいおい、困るぜ。俺は吸血鬼だぞ?人間との色恋なんて御法度だ。それに俺はペチャパイのガキに興味はねぇし…。


「ああ!もう最悪!」


ミルテが絶望的な声を上げながら床に膝をつく。


「おい、落ち着けよ。お前につりあう醜男はごまんといるさ」


励ましたつもりだったが、ミルテは激怒した。


「落ち着いていられるわけないでしょ!船が出港しちゃったっていうのに!」


何…?船が…?俺の気付かぬうちに出港していたのか。ということは、さっきのは俺の勘違いだったのか。なんだ、違うのか…。いや…俺は何をがっかりしているんだ?


「おーい、君達!」


先ほどの乗組員の二人組に大声で呼ばれ、ハッと我に返った。


「どうしたんですか?」


立ち上がってミルテが尋ねると、短髪の乗組員が申し訳なさそうに説明し始めた。


「誠に申し訳ありません。先程他の乗組員から聞いたのですが、ウォルナッツ様はこのサントノレ号にはお乗りになっていないそうです。おそらく乗り遅れたのではないかと…」


よほどショックだったのか、ミルテは魂が抜けたように再びへなへなと床に座り込んだ。


無理ねぇな…。あんなに急いだのに、結局は無駄足だったんだからな。


「では、私は仕事がありますので失礼致します」


機械的な口調でそう告げると、短髪の男はそそくさと持ち場に戻って行った。


さて、と。これからどうするかな。本当は今すぐにでも喉を血で潤したいところだが…。それはまぁ、夜が更けてからのお楽しみだ。


取り合えず今は…。


「おい、ロン毛。ギャンブルルームは何時になったら開くんだ?」


俺はもう一人の、趣味の悪いバッジをジャラジャラ付けたロン毛の乗組員に話しかけた。


「え?ギャンブルルーム?さぁね…そのうち開くんじゃない?」


気だるそうにこちらを振り返り、ロン毛は適当にそう答える。


俺は訝しむようにロン毛を見つめた。


こいつ、本当に乗組員か?実は船長が呼んだ出張ホストなんじゃないのか?


「ロム、ギャンブルなんかに手を出すもんじゃないわ。っていうか、そもそもお金持ってないでしょ」


ショックから立ち直ったのか、生意気にもミルテは説教を始めた。


ふん…女ってのは年齢問わず口うるさいから困るぜ。


ミルテは声のトーンをグッと落とし、さらにこう続けた。


「それに私達は不正乗船してるのよ?もしバレたら大変なことになっちゃう。次の港に着くまで大人しくしてないと」


「うるせぇ、俺の知ったことか。だいたいもう俺達は一緒にいる必要はないんだ。好きにさせてもらうぜ。あばよ!」


俺は冷たくミルテを突き放し、その場を立ち去った。


ミルテは俺に何か罵声を飛ばしていたようだが、ガキの言うことだし、軽く右から左に聞き流してやった。


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