第18話 帰還

「待って!ロム!」


突然、後ろからミルテが俺のコートを引っ張った。


「何しやがる!」


殺るか殺られるかっていうこんな状況で邪魔をするなんて、一体こいつは何を考えているんだ?


まさか…。


「善哉をごちそうしてくれた人を攻撃するなんて、やっぱりできないわ」


…とか言い出すんじゃないだろうな…?


おいおい…冗談じゃねぇぞ…。


「魔糖石なら、あの棚の一番上にある」


と、ふいにレザンが俺達の背後にある背の高い棚を指差した。


どうやら手を振り上げたのは棚を指差すためだったらしい。


だが、油断はできないぞ。


俺達が気を抜いた隙に攻撃する気かもしれないからな。


「待ってろ。今取ってやる」


レザンは俺達の前を素通りして棚の上にある魔糖石の箱をひょいとつかむと、それを側にいたミルテへと手渡した。


「え…いいんですか?レザンさん」


目をパチクリさせるミルテに、レザンは優しく微笑みかけた。


「良いも悪いも、元々お前達の物なんだろう?持ち主に返して何が悪い。それに俺は、無駄な戦いは嫌いなんだ」


思わず、耳を疑ってしまった。


冷酷非情で好戦的な悪魔の台詞とは思えない。


「ありがとう、レザンさん。助かります」


ミルテがお礼を言うと、レザンは少し照れたように肩をすくめた。


「礼なんていらないよ。それより善哉のお代わりはどうだい?まだ鍋にいっぱい残っているんだ」


「本当ですか?じゃあ、遠慮なくいただきます」


元気よくそう答えたのはラズベルだった。


俺はしばらく棒立ちで呆気に取られていた。



俺達が元の世界に戻ってきたのは、それから約一時間後のことだ。


帰る時に使ったのは鏡ではなく、屋敷の庭にある大きな水瓶だった。


勿論、それを使うように勧めてくれたのはレザンだ。悪魔のくせに、本当に変わっている奴だ。


そしてそのあと俺達は、再びミルテの魔法で超高速モーターボートと化したカヌーに乗り、カヌー乗り場のある岸へと戻ってきた。


「ねぇ、今度はどこへ冒険に行くんだい?」


岸に着くなり、ロン毛が上気した様子で話しかけてきた。


"変な奴"と言えばここにもいたな、そういう奴が。


「残念だったな。"冒険"はもう終わりだ」


俺は奴を冷たくあしらった。


「そんなつまんないこと言わないでさぁ、またどこかへ遊びに行こうよ」


人懐っこい笑顔で馴れ馴れしく腕に手を絡めてきたラズベルを、俺はぞんざいに振り払った。


「気持ち悪いんだよ。どういう魂胆か知らねぇが、俺に気安く触るんじゃねぇ。骨の髄まで血ィ吸われてぇのか?」


しかしラズベルは俺の脅しなどものともせず、ころころと楽しそうに笑っていた。


いちいち癪に障る奴だな。


俺は殺意を込めてラズベルをギロリと睨んだ。


「おやおや…そんなに怒ると牙どころかツノまで生えるよ、ロムくん」


相変わらず人を食ったような笑みを浮かべながら俺を挑発してくるロン毛。


喉が渇いてイライラしていたのも重なって、俺の怒りは一瞬にして爆発した。


「てめぇ、いい加減にしろよ!」


もう我慢できねぇ!こいつの生き血を一滴残らず吸い付くしてやる!


俺は吸血鬼の姿に変身し、ラズベルに向かって飛びかかった。


しかしまたしてもヒラリとかわされ、俺は前のめりになって無様に地面に倒れこんでしまった。


くそ…!またかわされた!


相変わらずすばしっこい奴だ。


「ねぇ、見て!向こうから何か飛んでくるわ」


ミルテの言葉に、俺もラズベルも振り返った。


確かに海の向こうから何か飛んでくるのが見えるが、あれはもしや…。


「ユベシさんだわ!」


やはり、ウォルナッツの使い魔か。


俺達が戻ってきた直後にやって来るなんて、実にタイミングの良いこった。


「おお!無事に魔糖石を持ってお帰りになられたのですね」


岸に降り立ったユベシは、ミルテの持つ魔糖石の箱を見て喜びの声を上げた。


白々しい…。どうせどこか別の場所から俺達のことを見ていたんだろ?でなきゃこんなタイミングよく現れたりしないもんな。


まったくどいつもこいつも…!


「すばらしいわ。ユベシさんてタイミングを見計らうのがお上手なのね」


ミルテはそう言って、にっこりとユベシに微笑みかけた。


ユベシは嫌味を言われていることにも気付かずへらへらと嬉しそうに笑っていた。


「本当にありがとうございました。あなた方のことはご主人様にもお伝えしておきます」


ミルテから魔糖石を受け取るなり、ユベシはいそいそと飛び去って行った。


「よし、これで何もかもが終わった。解散するぞ」


だが、俺の言葉に返事をしたのはミルテだけだった。


「む…?あいつ、どこ行ったんだ?」


俺は眉をひそめた。


いつの間にやら、ラズベルの姿がどこにも見当たらない。


「あら、本当。変ね、さっきまでそこにいたのに」


ミルテも不思議そうな顔をしている。


「困ったわね。どこに行っちゃったのかしら。ねぇ、探しに行きましょうよ」


「はぁ?」


俺は思いきり嫌な顔をした。


「どうせ船長のとこにでも帰ったんだろ。他人のことなんて放っとけよ。つーか、ムカつく奴がいなくなってくれてせいせいしたぜ」


俺はくるりとミルテに背を向けて歩き出した。


後ろからまたしてもミルテが悪態をついてきたが、ガキの言うことだし、見逃してやることにした。

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