第17話 親切な悪魔

目を開けると俺は、蔦に覆われたおどろおどろしい漆黒の屋敷の前に立っていた。


辺りは真夜中のように暗く、至るところでコウモリの羽音や魔犬の遠吠えが聞こえてくる。


間違いなく、ここは悪魔やその手下達が住む魔界だ。


魔界というのはつまり、わかりやすく言えば地獄みたいなところだ。


おそらくこの不気味な屋敷がガーネットの住処だろう。


それにしてもミルテの奴、よくも俺様をこんな目に…。次会ったら覚えてろ…!


それにしても…あいつらはどこにいるんだ…?


まさか俺だけ突き落としておいて、自分たちはのんびりカヌーの上で…?


くそっ!あいつら…!


「ロム!」


背後からミルテの声が聞こえ、俺はハッとした。


振り返ると、こちらに向かって駆けてくるミルテとラズベルの姿が目に入った。


なんだよ、いるならさっさと出てこいってんだ。


「この屋敷がそれっぽいわね。じゃ、さっそく中に入ってみましょうか」


そう言って、ミルテは臆することなく屋敷へと足を進めた。


なんなんだ、あいつ…。


さっき俺を蹴落としたことについては一言の詫びもなしかよ…!


わなわな唇を震わせながら青筋を立てている俺に気付いたのか、後ろからラズベルが声をかけてきた。


「ロム、大人げないよ。押さえて押さえて。ね?」


とろけるような甘い笑顔。


なるほど、そうか。きっとこの笑顔でサントノレ号の船長を手玉に取って骨抜きにしたんだろう。


だが、俺にはその手は通用しないぞ。男になど興味はないからな。


こいつがどんな目的で俺達に近付いて来たのかは知らんが、どうせろくでもないことを考えているに違いない。


「ごめんくださぁい」


チャイムのボタンを連打しながら、ミルテがドアに向かって叫んでいる。


おいおい…そんなに連打して大丈夫か…?壊したら殺されるぞ。


「どちらさん?」


ドアを開けて出てきたのは、ガタイの良い青年の悪魔だった。


「お前ら、何者だ?どうやってここに?」


悪魔は俺達の姿を見るなり眉を寄せた。


それに対して、ミルテがハキハキと受け答えする。


「あのですね、私達ガーネットさんに用があってお訪ねしたんですけど、いらっしゃいます?」


ガーネットの名前を出したとたん、悪魔の強張っていた表情が急に緩んだ。


「ひょっとして、ガーネットのダチか?」


「ええと、まぁ、そんなところです」


誤魔化すようにミルテが笑う。


――――おいおい、お前はいつから悪魔とダチになったんだ?


「せっかく来てくれたところ悪いんだが、生憎ガーネットは今留守にしているんだ」


「え?そんな…!」


「そんなにがっかりするなよ嬢ちゃん。せっかく来たんだからうちに上がって善哉でも食ってけよ」


「善哉…?」


ミルテの目の色が変わった。


どうやら好物のようだ。


「じゃあ、遠慮なくいただきます」


そういうわけで、俺達はこの悪魔に善哉をごちそうしてもらうこととなった。


「俺はレザン。ガーネットの従兄弟だ。さっき彼女から留守番を頼まれてしまってね」


お椀に善哉を盛り付けながら、レザンは俺達に向かって自己紹介した。


「それで?あんたら、ガーネットに何の用なんだ?」


ミルテは口をつぐみ、チラリと俺に視線をよこした。


チッ…仕方ねぇ。代わりに答えてやるか。


「おい、レザンとやら。勘違いしているようだから言っておくがな、俺達は別に遊びに来たわけじゃねぇ。お前の従姉妹に奪われた魔糖石を返してもらいに来たんだよ」


「ロム!」


余計なことを言うなと言いたげに、ミルテが俺をにらむ。


「魔糖石…?ということは…お前らがガーネットの話していた三流魔術師と変態吸血鬼のソーレンスか?」


「ああ?何だと?!」


奴の聞き捨てならない言葉に俺は憤然と席を立ち上がった。


「ちょっと、ロム!喧嘩は駄目よ」


慌ててミルテが俺を制す。


チッ…仕方ねぇ。


俺は再び席に着き、話を進めることにした。


「あの女から全て聞いて知っているのなら話が早い。とっとと魔糖石を俺達に返してもらおうか?どうせこの屋敷のどこかに隠しているんだろ?」


一応返せとは言ってみたものの、相手は悪魔で、しかもガーネットの仲間だ。


このまま大人しく魔糖石を渡すはずがない。


きっと攻撃を仕掛けてくるだろう。


俺は吸血鬼の姿に変身し、臨戦態勢に入った。


隣りにいるミルテも、善哉を一気にすすってから、魔法の杖を握りしめて立ち上がる。


一方ラズベルはというと、先程と変わらず呑気に善哉を食べていた。


そしてレザンは口を真一文字に結んだまま、黙って俺達を見据えていた。


こいつが何を考えているのかも、どのくらい強いのかもわからないが、一瞬たりとも油断は禁物だ。


と、次の瞬間、レザンが右手を大きく振り上げた。


魔術を使う気だな…!そうはさせるか!


俺はレザンに向かって勢い良く飛びかかった。

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