第16話 パスワード
市中引き回し、磔獄門、電気椅子、火あぶり、
残念ながら俺の挙げた候補はどれ一つパスワードには当てはまらなかった。
「よくもそんなにおぞましい言葉が次から次へと出てくるものね。さすが魔物だわ」
若干冷ややかな目で俺を見つめるミルテ。
「これじゃキリがねぇ。やっぱり諦めようぜ。喉も渇いてきたことだし」
だるそうに大きく伸びをする俺を、ミルテはキッとにらんだ。
「手伝ってくれるって言ったじゃない!それに、仕返ししてやるんじゃなかったの?」
「うるせぇな。気が変わったんだよ。そんなに行きたいならラズベルと二人で行けよ。俺は狩りに行く」
「ひどいわ!この薄情者!」
「ああ、その通り。俺様は薄情者さ。なんたって魔物だからな」
「開き直らないでよ!約束した以上、最後まで付き合ってもらうんだから!」
「ハァ…?ふざけんじゃねぇ!」
まったく…!これだから人間には関わりたくねぇんだ。
いちいち面倒くさいったらありゃしない。
「ちょいと、お二人さん。取り込み中のところ悪いんだけど、一言言ってもいいかな?」
ラズベルに肩を叩かれ、俺とミルテはいったんケンカを中断した。
「なんだよ、ロン毛。まさかお前まで俺に説教するつもりか?」
ラズベルはニヤリと口元を釣り上げ、鏡の方を指差した。
「鏡がどうしたってんだよ」
さっさと用件を言いやがれ!
「開いたよ、例の扉」
ロン毛の口調があまりにもあっさりとしていたので、意味を理解するまでにやや時間がかかってしまった。
「え…?今なんて言ったの?ラズベル?」
俺より先にミルテが驚きの声を上げた。
信じられないといった様子だ。
「一体どうやって開けたんだ?」
俺は訝しげにラズベルを見つめた。
もしここで"今のは軽い冗談だよ"なんて言ったら、ぶん殴ってやる。
だが、奴の言っていることは本当らしかった。
その証拠に、鏡の表面が黒く渦巻き始めている。
だが、ラズベルの奴は一体どんな手を使って扉を開けたんだ?
「"ブラッディ・ローズ"だよ」
ロン毛が得意気に言った。
「"ブラッディ・ローズ"?何言ってんだ、お前」
それは俺がガールズバーで頼んだカクテルだろ。
「鈍いなぁ、ロム。血が足りてないんじゃない?」
「なんだと?てめぇ…!」
どうやらこいつは俺様に殺されたいらしいな。
ようし、わかった。お望みなら失血死するまで吸血してやるよ。
「パスワードのことだよ」
俺からの殺気を感じ取ったのか、ロン毛は慌てて説明し始めた。
「"ブラッディ・ローズ"がビンゴだったんだ」
「なに…?」
俺はラズベルの首に伸ばしかけていた両手を引っ込めた。
「俺がバーで飲んだブラッディ・ローズがパスワードだと?」
「うん。昨夜彼女も飲んでいたのを思い出して、駄目元で鏡に向かって言ってみたんだ」
そう言って、ラズベルはムカつくくらいバッチリと綺麗にウインクを決めてみせた。
「すごいわ、ラズベル!お手柄よ!連れてきて本当によかった。誰かさんとは大違いね」
そう言ってミルテは冷めた目でチラリと俺を見た。
ふん…悪かったな。
だが、まさかブラッディ・ローズがパスワードだったとはな…。
あんなドブ川みたいなオーラを全身に纏った悪魔女が、お洒落なカクテルの名前を合言葉にするなんて考えもしなかったぜ…。
「じゃあ、一、二の三でみんな一緒に飛び込みましょう」
ミルテが元気良く拳をあげる。
「了解。じゃあ、手繋ごっか」
ラズベルは左手をミルテに差し出した。
「そうね。万一はぐれたら大変だものね」
ミルテはラズベルの左手を握り、空いている自分の左手を俺に向かって差し出した。
「ロム、早く」
ミルテに急かされたが、俺は腕組みしたまま動かなかった。
「俺は行かねぇって言ったろ?お前ら二人で仲良く行けよ」
早く喉を潤しに行きてぇしな。
「ああ、それとミルテ。行く前にまたさっきの十万馬力の魔法、カヌーにかけてくれよ」
もうオールを漕ぐのはこりごりだからな。
俺は吸血鬼に化ければ忍者のように高速移動することができるが、さすがに海の上は無理だ。
「おい、さっさと魔法かけ――」
「本当に自分勝手ね!あんたなんて地獄に落ちればいいのよ!」
ミルテは甲高い声で暴言を吐くやいなや、俺の背中に思い切り膝蹴りをぶちかました。
完全に油断していた俺はまともに膝蹴りをくらい、カヌーの上で大きくよろける。
「何すんだ…この三流――うわぁッッ!!」
次の瞬間、俺はミルテの希望通り地獄に落ちた。
そう、鏡の向こう側にある、悪魔の家がある地獄へと。
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