第二章

第1話 ウォルナッツからの手紙①

人里離れた山奥に、地図にも存在しない怪しげな小さな村がある。


掟にもかなり厳しく、外部との接触もほとんど皆無に近い孤立した村だ。


勿論、余所者など一切受け入れないし、余所者との結婚も固く禁じられている。


なぜ、そんな掟があるのか。


答えは簡単だ。


すべては、一族の純血を守るため。


一族というのは、魔力を持って生まれてきた、魔術師の血を引く者達のことだ。


そう。ここは純血の魔術師一族シュクルブラン家の者だけが暮らす、スノーボウル村。


私はそこで生まれ育った純血の魔術師だ。


「ただいま戻りました!」


開けっ放しの窓から、手紙をくわえた一羽のカナリアが舞い込んできた。


彼女は私の使い魔、ドレンチェリーだ。


「ご苦労だったわね、ドレンチェリー。お父様はお元気だった?」


私は窓を閉め、さっそくドレンチェリーに尋ねた。


私の父は現在、月餅王国のテンシンタワービルで開催されている麻雀選手権に出場中なのだ。


スノーボウル村には数々の厳しい掟があるが、基本的に許可さえ取れば村の外には自由に出てもいいことになっている。


「ええ、ウォルナッツ様は相変わらずお元気で、麻雀選手権で優勝するんだと張り切っておられましたよ。セリーズ様にも色々とご報告がおありのようで、このようなお手紙を預かって参りました」


私はドレンチェリーのくちばしから一通の手紙を受け取り、すぐに中身を改めた。


あの無精者の父が手紙を書くなんて、実に珍しいことだ。




**********************



我が娘セリーズへ


元気にしているか?


ドレンチェリーからすでに聞いているかもしれないが、私は今、月餅王国で開催されている麻雀選手権に出場中だ。


さすが世界中からプロ雀士が集まっているだけに、楽な戦いではない。


まぁその話はまた今度話すとしてだな、今日手紙を書いたのはお前にちょっと頼みたいことがあるからなんだ。


私の従兄弟にあたるノアゼットのことは、お前もよく知っているだろう?


実は今朝、そのノアゼットが近々何者かに惨殺されるという恐ろしい予知夢を見たんだ。


しかし魔力の弱い私では彼の力にはなれないだろうし、何より今は麻雀選手権の試合で忙しい。


そこでだ。


村でも一目置かれた凄腕の魔術師であるお前に、ノアゼットの護衛を頼みたいんだ。


時間がないから出来ればこの手紙を読んだらすぐにノアゼットがいるオペラ王国の城下町へ向かってくれ。


いいか、なんとしてでもノアゼットの暗殺を阻止するんだ。


ああ、必要ならついでに、オペラ城の庭園から魔糖石をいくつかくすねてくるといい。


あの庭には常に結界が張られていると思われがちだが、現国王マルメロ・スフェンダミが熟睡している夜の十時から十一時までの間は結界が弱まるのだ。


だからその時間帯に行けば、簡単に庭に侵入し、魔糖石を盗むことができる。


私はこの方法で魔糖石を手に入れてきた。


いいか、娘のお前だから特別に教えるんだぞ。


くれぐれもこのことは他言無用だからな。


それと、証拠が残ると困るからこの手紙も読んだら焼き捨ててくれ。


じゃ、あとは頼んだぞ。



父より


P・S もし魔糖石を取りに行くつもりなら、私の分もいくつか頼む。



**********************





手紙を読み終えた私は、すぐに旅の支度を始めた。


急がなければ、ノアゼットさんが危ない。


父が見る予知夢は99.999%の確率で当たるのだ。


私の父は純血の魔術師でありながら生まれつき魔力が弱い…。


しかし、その代わりに誰にもない能力を持っている。


それが"予知能力"だ。


それにしても、お父様ったらなんて大それたことを…。


オペラ城の聖木せいぼくから魔糖石を盗むなんて…!


ちなみに聖木というのはオペラ王国オペラ城の庭園に一本だけ生えている由緒ある御神木のことで、魔糖石はその木にしか実らないのだ。


毎年の収穫量は極めて少なく、大変貴重な物として扱われており、所有者であるスフェンダミ王家の一族達でさえも手を触れることはないのだそうだ。


なのに、お父様ときたら…。


自分のしたことがどんなに悪いことかわかっているのかしら。


きっとあの父のことだから、盗んだのも一度や二度じゃ済まないだろう。


幸い気付かれていないからいいようなものを、もし見つかっていたら…。


噂によるとスフェンダミ家は許可なく魔糖石に手を触れた人間を問答無用で処刑するという。


たとえ魔糖石を盗んでいなくとも、だ。


なにやらあの一族も古い掟に縛られているらしい。


「聖木に指一本でも触れる他所者がいれば、直ちにその首をはねよ。さもなくば魔糖石の聖木はそのけがれによってみるみるうちに朽ち果ててしまうであろう」


と、代々そのように教えられているのだそうだ。


勿論、ただの迷信だろうけど。


ふと時計を見ると、午後十時十五分前だった。


「セリーズ様。ひょっとして、魔糖石を盗みに行くおつもりじゃ…?」


ドレンチェリーは怪しむように私の瞳をのぞきこんだ。


「まあ!そんなことするわけないでしょ」


心外だわ!


「だいたい、私にはそんな物必要なくってよ」


そんなことより、早くオペラ王国へ向かわないと。


父の手紙には、何者かがノアゼットさんを殺しに来ると書いてあったが、私にはその人物が誰なのか容易に察することができた。


なぜなら、彼女以外に考えられないのだ。


三年前、シュクルブラン家屈指の魔術師三人を惨殺したあの悪魔…!


ガーネット・グレナデン・シュクルブラン―――――私の従妹、つまり父の姪だ。


そして彼女は今も尚、三年前に殺し損ねた私の父とノアゼットさんを血眼になって探している。


それなのにお父様ときたら、身を隠そうともせずに呑気に雀荘巡りの旅なんかして!


狙われているという自分の立場がまるでわかっていないのだ。


だからこうしてしょっちゅうドレンチェリーに父の様子を見に行ってもらっているのだけれど…。


あのユベシというお父様の使い魔は、臆病で全然頼りにならないし…。


おまけにお父様も、他人に迫る危険は予知できるくせに、肝心の自分のことについては何一つ予知できないのだ。


この間だって、中でガーネットが待ち伏せしているとも気付かずにサントノレ号に乗ろうとしていたから、ドレンチェリーに乗船するのを引き止めさせたんだから。


勿論、助けたのはそれが最初ではない。


なにしろお父様はしょっちゅう雀荘で敵を作ってしまうのだ。


まぁ、今はその話はどうでもいいわ。


とにかく急がなくちゃ…。


何としてでも父の予知夢が現実に起こるのを阻止しなければならないのだから。




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