第12話 帰宅
翌日、ウォルナッツさんは決勝戦で見事王者の座を勝ち取り、優勝賞品である黄金の麻雀牌セットを手に入れた。
長年の夢をついに叶え、喜びのあまりもはや失くした黒竜の鱗バッジのことなどすっかり頭から吹き飛んでしまったようであった。
麻雀選手権が終了するとともに私達は解散し、それぞれの帰路へとついた。
私が帰宅してから一週間が経ったある日のことだった。
夕方、昼寝から起きて一階に降りると、居間の方から賑やかな声が聞こえてきた。
おそらくじいちゃんが仲間を呼んで麻雀をしているのだろう。
面倒ではあったが顔を出さないわけにもいかず、私は見切り品の南部煎餅とお茶を持って居間へと向かった。
四人の人間が雀卓を囲んでいた。
一人はじいちゃん、その対面(向かい側)はニューハーフのマロンさん、そして上家(左隣)と下家(右隣)はなんと――――フィスティキアさんとウォルナッツさんであった。
しかも彼らが使っている牌は、例の黄金の麻雀牌だ。
「おお、ミルテ。いいところに来た。お前も手伝っておくれ」
じいちゃんが瞳を輝かせて私を手招きする。
「手伝うっていったって…私、麻雀のルールなんて知らないわよ」
「なに、大したことじゃない。牌山を作るのを手伝ってほしいんじゃよ。17枚の牌を裏返しに一列に並べて、その上にもう一段同じ数だけ牌を積むんじゃ。なにせ純金だから重くて積むのが大変でのう」
私は呆れてため息をついた。
「魔法を使えばいいじゃない」
ウォルナッツさんとマロンさんはともかくとして、じいちゃんもフィスティキアさんも立派な魔術師なんだから。
「あら、わかってないわね、ミルテちゃん」
横からフィスティキアさんが口を挟んだ。
「麻雀は真剣勝負なのよ。たとえ牌山を作るだけでも魔法を使うことは許されないわ」
思わずあんぐりと口が開いてしまった。
麻雀選手権でイカサマした人が言うセリフとは思えない。
しかし私は言葉を飲み込み、別の話題を口にした。
「それにしても、じいちゃんてフィスティキアさんと知り合いだったのね」
「ああ、フィスティキアはわしの昔からの麻雀仲間でな」
黄金の麻雀牌を一つ一つ丁寧に積みながら、じいちゃんはしみじみと語りだした。
「もうかれこれ六十年の付き合いになるかのう…」
「え?」
一瞬、冗談かと思ってしまった。
どう見たってフィスティキアさんは20代前半だ。
じいちゃんの言い間違いだろうか?
ふいにウォルナッツさんが私を小突き、こっそりと耳打ちして教えてくれた。
「信じられないと思うが、彼女は君のおじいさんと同い年だよ。魔力で老化を抑制しているんだ」
「えっ!」
衝撃の事実であった。
並外れた魔力の持ち主だとは思っていたが、まさかここまでとは…。
「ああん、もう!重たくて持ち上がらないわ」
17枚の牌を両手でいっぺんに積み上げようとしながら、マロンさんが苛立たしげに文句を言う。
「マロン、いくらなんでもそれは無理じゃよ」
じいちゃんが忠告を与えるも、マロンさんは聞く耳を持たず、両手をぷるぷると震わせながら17枚の牌をいっぺんに持ち上げる。
しかし持ち上げたとたん列が崩れ、17枚の黄金の牌は無惨に四方八方へと散らばってしまった。
ウォルナッツさんが立ち上がり、引きつったような悲鳴を上げる。
マロンさんが床の上から回収したいくつかの牌を見て、ウォルナッツさんは二度目の悲鳴を上げた。
「なんということだ!キズが付いてしまったじゃないか!しかもこっちの牌は角が欠けている…!ああ、私の黄金の麻雀牌が…!」
「まぁ、本当だわ」
キズついた牌を一つ一つ手に取ってしげしげと眺めながら、フィスティキアさんが喜色満面の笑みを浮かべる。
「こんなに目立つキズなら、伏せてあっても一目で何の牌かわかってしまうわね」
「どれ、わしが魔法で直してやろう。フィスティキアがガン牌するかもしれんからな」
じいちゃんはやれやれと席を立ち、破損した牌の修繕に取り掛かった。
この様子なら、まだまだゲームは始まらないだろう。
私はこっそりと居間を抜け出し、夕飯の買い物をしに町へと向かった。
さて、今夜の夕食は何にしよう。
人数が多いから、大鍋で作るスープとかがいいだろう。
八百屋に行って玉ねぎ、ニンジン、セロリ、トマトを買い、それからベーコンを買いに肉屋へと向かった。
肉屋の横に設置されている掲示板の前で、暑そうな黒いコートを羽織った男がせっせと張り紙をしている姿が目に入った。
こちらに背を向けているため顔は見えないが、私はすぐにその男が誰であるかわかった。
真夏にあんな恰好で外を出歩く人など、彼以外に考えられない。
「ロム!こんなところで何してるの?」
私の声に反応し、男性がくるりと顔をこちらに回す。
「なんだ、ミルテか」
ロムはどうでもよさように鼻を鳴らした。
「だがちょうどいい。暇ならお前もこれを張るのを手伝え」
そう言って、彼は脇に抱えている紙束の半分を私に差し出した。
その内容に目を通すと、“重要指名手配”の文字と共に、何やら食べかけのモンブランのような得体の知れない絵が描かれていた。
「なんなの、これ?」
「見りゃわかるだろ、あのくそロン毛の指名手配ポスターだ」
「え?このモンブラン、ラズベルの似顔絵だったの?」
一体どうやったらこんな絵が描けるのだろう?どう見ても人間には見えない。
「でも、なんでまたこんなポスター張ってるのよ?ラズベルに何か恨みでもあるの?」
「ああ、大有りだ」
ロムは語気を強めて捲し立てた。
「ダーメン・シェンケルはガールズバーじゃなく、ゲイバーだったんだよ。ロン毛の野郎、俺を騙しやがったんだ!何としてでも奴を見つけ出して、骨の髄まで血を吸い尽くしてやる!」
「まぁ、落ち着きなさいよ、ロム」
私は笑いを堪えながら彼をなだめた。
「こんな人相書きじゃいくら張り紙を出しても無駄よ。それに、ラズベルのことだからもうとっくに遠くへ逃げてしまったに決まってるわ」
ロムはふてくされたようにふいと背を向けて歩き出した。
私は小走りで彼の後を追いかけた。
「ねぇ、今夜うちに夕食を食べに来ない?血の代わりと言っちゃなんだけど、トマトスープをたっぷりとご馳走するわよ」
「トマトスープだと?」
ロムは立ち止まり、眉間にしわを寄せたまましばらく私を見つめていたが、やがてふっと口元を緩め、意地悪っぽくこう答えた。
「仕方ねぇな。お前がどうしてもって言うんなら食べに行ってやるよ」
―――――END―――――
Errand Magical Girl~おつかい魔法少女★~ オブリガート @maplekasutera
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