第9話 謎の襲撃者
「なんだ…?この異様な殺気は…?」
1003号室の扉の前で、思わず俺は固まった。
誰もいないはずだよな…?
ノブに手をかけると、扉は何の抵抗もなく開いた。
部屋の中は真っ暗で、何の物音も聞こえないが、殺気はまったく消えない。
だが、こんな状況に恐れおののく俺ではない。
なんたって俺様は、吸血鬼最強の男、ロムヴェーレ・マートン・ソーレンスなのだから。
ここで逃げちゃ、その名が廃るってもんよ!
俺は瞬時に吸血鬼の姿に変身し、敵を探した。
と、その時。
どこからか呪文を唱える声が聞こえ、同時に全身を刺すような痛みが襲ってきた。
なんだ…?魔術か…?
「この野郎!何しやがる!」
不意討ちを食らい、俺は激怒した。
誰だか知らんが俺様をこんな目に遇わせるとはタダじゃおかねぇ!その脳天ぶちまけてやる!
「あれ…?」
おかしいな…。体が痺れてまったく動かない…!?
おいおい、嘘だろ…!
そうか…。さっき俺が食らったのは…毒針か!
焦っても仕方ないので、ひとまず冷静に敵を分析することにした。
この世界に、魔術を操る連中は二種類存在する。
人間である魔術師、もしくは魔物である悪魔だ。
しかし奴はどっちだろう…?
こいつの匂いは、俺ら魔物とはちょっと違うような気がするし、かと言って人間のそれとも違うような気がする。
「ふふ…驚いた…?」
突然、女の笑い声が聞こえた。
「さて…右手と左手、どちらの指から切り落としてほしい?なんなら足でもいいけど?」
暗闇の中で、刃物のような物がキラリと光るのが見えた。
あれは大鎌か…?魔術が使えるくせに、なんだってあんなものを…?
「おい、一体何者だ貴様!名を名乗りやがれ!」
「おや、わかんないのかい?あたしだよ――ガーネット」
「知らねぇ名だな。俺を誰かと間違ってんじゃねぇのか?」
女は嘲るように鼻で笑った。
「姪の名も忘れるなんて、しばらく会わないうちにずいぶん
「なんだと、コラ!俺はまだバリバリの現役だぞ!」
ん…?いや、ちょっと待てよ…。
耄碌という言葉に反応して思わずぶち切れてしまったが、こいつ今何か変なことを言わなかったか?
確か、ウォルナッツおじさんとか…姪とか…。
「そんなに怒ったら血管がぶち切れて死んじまうよ。あたしが殺る前に死なれたんじゃ敵わないよ」
女は低い声でそう言うと、ふいに大鎌の切っ先を俺の喉元へと突きつけた。
まずい…!まずいぞ…!
この暗闇で顔がはっきり見えないもんだから、この女は俺をウォルナッツと勘違いしているんだ…。
「くそ…!こんなところで死んでたまるかァァ!」
と、大声で叫んだその時だった。
「ロム!」
なんと、タイミングよくミルテがドアを開けて部屋に入ってきた。
「今、助けるわ!」
俺が何者かに襲われていると瞬時に悟ったミルテは、すぐさまあの魔糖石とやらを口にして、聖なる光の呪文を唱え始めた。
「おいおい!その呪文はやめてくれ!少しは俺にも効くんだぞ!くそっ…!体が溶けそうなくらい熱くなってきやがった…」
聖なる光は、1003号室の部屋を隅々まで明るく照らした。
同時に、俺をこんな目に遇わせたガーネットとかいう女の姿も露になる。
瞬間、俺は目を見張った。
「お…お前は…!」
ガールズバーで俺をガン見していた、赤毛の女!
「おや?あんたは――」
ガーネットは驚きの声を上げ、大鎌を持った手を下に下ろした。
聖なる光は、この女にはあまり効いていないように見える。
しかし、ミルテが時間を稼いでくれたおかげで少し毒の効果が切れてきたみたいだ。
だいぶ体が動くようになってきた。
「残念だったな、女!俺はウォルナッツじゃねぇ。間抜けなあいつは船に乗り遅れたんだとよ!それより、よくも俺様をコケにしてくれたな!覚悟しやがれ!」
俺は牙を剥いて女に飛びかかった。
奴の首元で光るクロスペンダントなんぞ、怒り狂った俺の目には入らない。
しかし飛びかかった瞬間、突然女の背から漆黒の大きな翼が現れた。
翼はまるで盾のように彼女の全身をすっぽりと覆う。
俺はその翼の盾に勢いよく弾き飛ばされ、背中を壁に強打した。
背骨にピキッと亀裂が入る嫌な音が鳴る。
―――あの女…悪魔だったか…。
しかしまずいな…背骨を骨折したらしい。
おまけにまだ体に少し痺れが残っているし、これじゃしばらくはまともに戦えそうもねぇ…。
「ロム!」
心配したミルテが、俺に駆け寄ってくる。
ミルテは再び箱を開けて、魔糖石を口に入れようとした。
「この際、全部食っちまえよ。あんな弱っちい光じゃ駄目だ!」
俺は箱に入った魔糖石をむんずとつかみ、ミルテの口に押し込もうとした。
「ちょっと!何考えてんのよ!一つ頂くだけでも畏れ多いってのに、それをあんた、全部って――――」
「ごちゃごちゃうるせぇな!三流魔術師のお前があの悪魔女と互角に戦うには、これを全部食べるしか方法はないだろ?」
“三流”という言葉に、ミルテはカチンときたようだ。
「ふん!どうせ私は三流よ!」
怒りの声を上げながら、ミルテは俺の急所を思い切り蹴り上げた。
「うっ…!!」
俺は両手で急所を押さえながら、床にうずくまって呻いた。
―――くそ…覚えてろ…!ミルテの奴…!
「取り合えず、二つ食べてみるわ。少しは効果が…」
ミルテは途中で言葉を切った。
様子がおかしい。
俺は急所の痛みに堪えながら、ゆっくりと顔を上げた。
「なっ…!」
俺は絶句した。
魔糖石の箱が、ミルテの手中から姿を消していたのだ。
「どこにいったんだ?」
「知らないわよ!気付いたら手の中から消えてたんだもの!」
「そんなはずないだろ!探せ!」
俺達は床に這いつくばって、どこかに箱が転がっていないかと探し始めた。
「へぇ、こりゃあどうやら本物の魔糖石のようだね」
背後から聞こえてくる忍び笑い。
俺もミルテもハッと顔を上げた。
「ガーネット!貴様…!」
奴の掌の上に、魔糖石の箱が乗っかっていた。
きっと俺たちが言い争っている隙に、魔術を使って奪ったに違いない。
「手ぶらで帰るのもなんだし、ウォルナッツの首の代わりにこいつを手土産としてもらっていこうか」
ガーネットは部屋の窓を開けて身を乗り出した。
「逃すか!」
俺は痺れる体を無理矢理動かし、窓から出て行こうとする奴の右手を思い切りつかんだ。
骨が砕ける確かな感触を感じ、心の中でガッツポーズをする。
「やったな、この化け物め!」
「ハハハ!やってやったぜ!!完全に油断していたようだな!」
俺は勝ち誇ったように高笑いした。
それにしても、自分のことは棚に上げて俺を化物呼ばわりするとは実に腹立たしいぜ。ついでに、このまま腕をもぎ取ってやろう。
が、手に力を入れようとしたその時―――
「ロム、危ない!」
ミルテが危険を知らせてくれたが、すでに遅かった。
俺はガーネットの強靭な翼によって、頭から床に思いきり叩きつけられた。
ミルテが短く悲鳴を上げる。
コンチキショー…!体が痺れていなければ、こんな攻撃楽にかわせるのによ…!
体が思うように動かず、俺は床に横たわりながら歯噛みした。
ガーネットが俺の腹に容赦なく強い蹴りを入れる。
「おっと、悪いねぇ。足が滑っちまったよ」
けたたましく笑いながら、ガーネットは窓の外へと飛び立っていった。
「ロム!」
すぐさまミルテが駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「大丈夫なわけあるかよ。あの
俺は呻きながら上体を起こした。
蹴られた腹がめちゃくちゃ痛てぇ…。内臓破裂してないか心配だ…。
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