第3話 箱の中身
私ってなんて運がいいんだろう。 まさかあの箱の中に、あんなものが入っているなんてね。
――――ああ!神様、感謝致します!
苦しみ悶える魔物を見下ろしながら、私は神様に感謝の言葉を捧げた。
遡ること十秒ほど前。
死を覚悟した私は、ウォルナッツさんの大事な忘れ物が入っている箱の蓋を開けた。
箱の中に入っていたのは、目にするだけでも歯が痛くなってきそうな、真っ白な角砂糖だった。
これでもかというくらい、箱に大量に詰め込まれている。
「なんだ、ただの角砂糖か」と、普通の人間ならがっかりするだろう。
しかし、長年真面目に(?)魔術の修行を重ねてきた私はそうは思わなかった。
なぜならば、角砂糖から溢れんばかりの魔力を感じたから。
私は確信した。 これは幻の存在と言われる
ちなみに魔糖石というのは、いわば魔力を一時的に増幅させる魔法のアイテムのことだ。
でもこの魔糖石、じいちゃんの話によれば大変貴重なものらしくて、手に入れるのがすごく難しいらしい。 だから"幻の"って言われているんだけど…。
ま、説明はだいたいこんなところだ。 もちろん私はその魔糖石を躊躇なく口にした。
本当はいけないことだとわかってはいたんだけど…。 命の危機だったんだもの、仕方ないよね。
それにこんなに沢山あるんだし、 一つくらい無くなったって、ウォルナッツさんも気が付かないに決まってる。 うん、絶対気付かない。
少々後ろめたく思いながらも、私は必死で自分にそう言い聞かせた。
魔糖石は口の中でスッと溶けるようになくなり、瞬間、体中が燃えるように熱くなった。
溢れんばかりに魔力がみなぎってくる!
これなら、あの呪文も成功するかもしれない。
そう思って私は、難易度★×5の"聖なる光の呪文"を唱えてみた。
これは魔物を一瞬で跡形もなく溶かしてしまうという一撃必殺技なのだが、一流の魔術師でも成功確率が低いと言われている。
さっきまでの私なら、100%失敗していただろう。
しかし、魔糖石を摂取した今の私なら100%成功すること間違いない!
思った通り、聖なる光の魔法は成功し、魔物は苦しみながらその場にうずくまり始めた。
見事に形勢逆転だ。 私は勝利を確信した。
ところが―――
「なんで…?!」
思わず私は目を見張った。
「なんで、溶けて消えないの…?!」
確かに呪文は効いているはずなのに、魔物はまだ私の目の前にいる。
ひょっとして、私の力不足…?
嘘でしょ…?
「さっさと溶けろ!このっ!このっ!」
無駄だとわかってはいたが、私は杖をぶんぶん振り回しながら大声で叫んだ。
「…おい、よくもやってくれたな、小娘!」
あっ…!いつの間にか魔物が回復している…!
でも…。 さっきと姿がまるで違う。 おぞましい赤い目や、尖った牙や爪はどこへいったのだろう?
これじゃまるで普通の人と変わりない。
おまけによく見たら結構イケメンだし…。
「まさかお前が魔術師だとは思わなかったぜ。ガキだから優しくしてやろうと思っていたが――――気が変わった。一番痛くて恥ずかしい所から吸血してやるよ!」
こいつ…!吸血鬼だ!
そういえば、吸血鬼は多くの魔物の中でも桁違いに強いと聞いたことがある。
あ、思い出した。 聖なる光の呪文は強い魔物には効かないんだ!
どうしよう…このままじゃ吸血鬼の餌食にされてしまう…。
血を吸われて死ぬようなことはないって言うけど、一度血を吸われた人間は精神を病んで廃人と化するっていう噂を聞いたことがあるし…。
ああ、やばいやばいやばい! なんとかしなきゃ…! なんとか…。
――――あ、そうだ。
「ねぇ、吸血鬼さん。私、あなたが気に入りそうな素敵な女の人を知ってるんだけど」
突拍子もなく、私はそう切り出した。
「何…?何ていう名の女だ。年は?髪の色は?瞳の色は?」
よし、食いついてきた。
「えーと…名前はマロン。年は二十四歳。髪は栗色の巻き毛で瞳の色はブルー。雀荘のオーナーをやってるの。ちなみに…かなりの巨乳だよ」
別に嘘は言ってないもんね。 まぁ彼女の胸のほとんどはシリコンだけど。
マロンさんはじいちゃんのマブダチの一人だ。
ちなみにニューハーフ。 現在下半身の方の手術を受けるお金を稼いでいるらしい。
言っちゃ悪いけど、踏みつぶされた饅頭みたいな顔をしている。
胸とか下半身よりもまず、顔をどうにかした方がいいような気もする。
「よし、じゃあ案内しろ」
吸血鬼は立ち上がり、上から私を見下ろしながら居丈高に命令した。
あ~よかった…。 なんとか血を吸われずに済んだ。 このまま町の方へ行って、人混みにまぎれて上手く逃げよう。
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