第10話 シュクルブラン家の血塗られた過去
ノアゼットは俺達三人を二階の談話室へと案内した。
「今メイドにお茶を運ばせるから、ソファにでも座ってくつろいでいてくれ」
ノアゼットがそう言ってまもなく、使用人の女が紅茶を運んできた。
取り合えず少し落ち着いたところで、さっそくミルテが自己紹介を始める。
「私は見習い魔術師のミルティーユ・バニラ。こっちは吸血鬼のロム」
自称純血魔術師の女はくすりと笑みをこぼした。
「魔術師と吸血鬼…。ずいぶん奇妙な組合せだこと」
「笑ってんじゃねぇよ。さっさと貴様も名乗りやがれ」
「失礼。私はセリーズ・キルシュ・シュクルブラン。こちらのおじさまは私の父の従兄弟に当たるノアゼットさん」
ふと、俺はある違和感に気付いた。
ウォルナッツは純血の魔術師セリーズの父親で、かつ悪魔であるガーネットの叔父。
おかしいぞ…。
「おい、ウォルナッツは悪魔じゃねぇのか?」
「なんですって?」
セリーズがギロリと俺をにらみ、突然声を荒らげた。
「"悪魔"とは失敬ね。お父様は正真正銘の純血魔術師よ」
「じゃあ、なんで姪のガーネットは悪魔なんだ?奴の背に生えていた黒い羽は、飾りなんかじゃねぇだろ」
セリーズは眉をひそめた。
「あなた達…ガーネットに会ったの…?」
「おいおい…聞いてんのはこっちだぜ?先に俺様の質問に答えやがれ!」
「ロム!」
ミルテが慌てて俺を制する。
「ええ、会いました。つい最近、豪華客船で。ロムをウォルナッツさんと勘違いして殺そうとしたの」
ミルテはセリーズにこれまでの経緯を全て包み隠さずに話した。
ウォルナッツに届けようとした魔糖石をガーネットに奪われたこと。
俺達がガーネットの屋敷まで魔糖石を取り返しに行き、それを使い魔ユベシに渡したが、どういうわけか現在奴が行方不明になっていること。
そしてその捜索をミルテが任されていること。
「そうだったの。それでお父様のことやガーネットのことを詳しく知っていたのね」
セリーズは納得したように大きく頷く。
「そこまで知られているのならお話ししましょう。ガーネットは確かに悪魔の血を受け継いでいるけど、それは半分だけ。残りはお父様の妹、マカダミアおば様の血を受け継いでいるわ」
なるほど。悪魔にしちゃ容姿が端麗すぎると思ってはいたが…。
まさか魔術師と悪魔のハーフだったとはな…。
「あのう…」
出し抜けにノアゼットが口を開いた。
「俺の気のせいかもしれないが、さっきのコウモリ達、俺を狙っていなかったか?」
俺達三人は同時に顔を見合わせた。
どう見てもあれは気のせいじゃないと思うがな。
「ノアゼットさん、実は…」
セリーズはノアゼットに向き直り、真剣な口調で説明し始めた。
「本当は舞踏会の後で話すつもりだったんだけど、私はノアゼットさんの命をガーネットから守るためにここに来ましたの」
「な…何…?ガーネットがまた私を殺しに…?」
ティーカップを握るノアゼットの手がブルブルと震えだす。
"また"ということは、前にも殺されかけたということか。
それにしても、よほどガーネットを恐れているようだ。純血の魔術師のくせに情けねぇ奴だ。
「ウォルナッツもそうだが、なんであんたらガーネットに狙われてるんだ?」
俺はずっと気になっていたことを質問してみた。
しかし、ノアゼットは口をつぐんだまま俺達から視線を逸らす。
「それは…」
中々話し出そうとしない彼に代わって、セリーズが口を開いた。
それは、今から遡ること十八年前―――――
三年間の海外留学を終えたマカダミアが、身重の体で故郷スノーボウル村へ帰ってきたのは、兄ウォルナッツが自宅前で当時一歳のセリーズをあやしていた時であった。
マカダミアは詳しく話そうとはしなかったが、どうやら留学中に男と派手に遊びすぎて、気付いたら身籠ってしまっていたようだ。
「一族の者にバレると厄介だから、生まれる前に早くおろした方がいい」
ウォルナッツは妹にそう勧めたが、マカダミアは断固として首を縦には振らず、「絶対に生んでやる」の一点張りであった。
そしてその一ヶ月後、彼女は元気な女の赤ん坊を生んだ。
一族の目を避けての出産ではあったが、ひとまず母子共に無事であったのでウォルナッツはホッとした。
しかしそれもほんの束の間。
赤ん坊の背に生えた小さな黒い翼を見た瞬間、彼の表情は凍りついた。
そう、マカダミアの娘の父親は、よりにもよって彼らの宿敵、悪魔であったのだ。
だが、たとえ悪魔の血が半分流れていようとも、やはり娘は娘―――マカダミアは赤ん坊にガーネットと名付け、それはそれは大事に育てた。
そして兄ウォルナッツもまた、マカダミアと同様に姪を我が子のように可愛がった。
勿論赤ん坊の存在が他の一族にバレては大変なので、ガーネットはウォルナッツの自宅の地下室で隠し育てられた。
しかし、平穏な日々はそう長くは続かない。
四年後の冬のことであった。
四歳になるガーネットが、重い熱病にかかってしまったのだ。
彼女の熱はどんな薬草を飲ませてもいっこうに下がらず、またマカダミアの魔術でも治すことができなかった。
次第に弱っていく娘の姿を見て、ついにマカダミアは兄ウォルナッツにペカン総帥を呼んでほしいと頼んだ。
ペカン総帥はシュクルブラン家をまとめる最年長の
治癒魔法にかけては抜群の腕前を持つ彼なら、きっとガーネットを救うことができる――――マカダミアはそう考えたのだ。
しかし、ウォルナッツは妹の意見に大反対した。
そんなことをすれば、マカダミアは勿論、彼女と娘をかくまっていた自分もただでは済まされない。
そう。だからこそマカダミアは自らの足ではなく、兄に総帥の元へ行ってほしいと頼んだのだ。
「兄さんがあたしとガーネットをかくまっていたことは、総帥には絶対に話しちゃダメ。いい?兄さんはあくまでも、掟に背いた妹を密告する正義感の強い兄を演じればいいの。“妹が自分に隠れて悪魔の子を育てている”ってね」
マカダミアはウォルナッツに、真面目な顔でそう言ったという。
しかしそれでもウォルナッツは最後まで首を縦に振らなかったため、結局マカダミアは魔術で兄を操って総帥の元まで行かせたのであった。
ウォルナッツの話を聞いたペカン総帥は、すぐさま側近の者三人を引き連れ、母娘の元へと向かった。
ペカン総帥は、まず何も言わずガーネットを治療した。
たとえどのような姿であろうとも、幼な子を見殺しにすることは一族の掟の中で最大の罪とされているからだ。
そう。だからこそマカダミアは、最終的にこの選択肢を選んだのだ。
掟に背いた自分は死罪となるが、少なくとも娘は死なずに済む。
確かに彼女の予想通り、ペカン総帥はガーネットに一ミリも傷を付けることはなかった。
が、彼は決して甘くはなかった。
治療を終えた直後、ペカン総帥はガーネットの目の前で母親であるマカダミアを側近達に殺させたのだ。
さらにガーネットは、明朝隣町の“危険モンスター処分場”へと送られることが決まった。
その役目は、伯父であるウォルナッツが自ら名乗りを上げた。
翌日の早朝、ウォルナッツは、ガーネットを連れて村を出たあと、処分場とは反対方向に向かって歩き始めた。
彼は総帥の命令に背き、運を天にすべて任せて彼女を旅芸人の馬車の荷台にこっそりと乗せたのだ。
話は遡るが、マカダミアがウォルナッツに自分の敵側を演じるよう頼んだのは、勿論兄に迷惑を掛けたくなかったからであるのだが、実はもう一つ理由があった。
自分が死んだ後、ウォルナッツに娘をなんとか安全な場所へ逃がしてもらいたかったからだ。
そしてウォルナッツは、妹のその遺言を無事に果たし、幸いにもその行いは誰にもバレることはなかったのである。
―――と、セリーズが大体の話を終えたその時、あの邪悪なオーラを身にまとったコウモリの大群が、ドアを突き破って勢いよく部屋の中へ入ってきた。
「チッ…また来やがったか…!」
先ほどと同じように、コウモリ達はノアゼットの方へまっしぐらに向かっていく。
うずくまって身を縮めるノアゼットの前に、セリーズは盾のように立ち、すぐさま魔術で結界を張った。
「ガーネット!いい加減姿を見せたらどうなの?」
天井をにらみつけながら、セリーズが声を張り上げる。
「おやおや…いつになく怖い顔だね、セリーズ」
天井の上から聞こえてくるガーネットの声。
次の瞬間、天井の壁の一部が崩れ落ち、何者かが床へと着地した。
立ちこめる塵埃の中から現れたのは、赤いドレスを着た赤い髪の女―――そう、ガーネットだ。
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