第3話 ゴブリン退治

私達は六時ギリギリにオペラ城へ到着した。城のまわりは多くの一般市民で溢れている。ちゃんと数えたわけではないが、ざっと見た限りで二百人近くはいるのではないだろうか。おそらく全員、ゴブリン退治の高額報酬アルバイトのビラに釣られてやってきたのだろう。


「おいおい、こんな大人数じゃ、全員城の中に入らないだろ」


喧騒に耐え兼ね、苛立たし気にロムが言う。


「そうね…」


私は考え込みながら言った。


「面接はないって書いてあったけど、人数が人数だし、ふるいにかけるために急遽行われるかもしれないわね」


「面接だと?」


ロムの眉間のしわがますます深くなる。


「狭い部屋に連れて行かれて、見せ物のようにじろじろ見られながら一方的に色々と返答に困るようなことを聞いてくるあれのことか?」


「そうよ」


とたんにロムは踵を返して城門から出ていこうとした。私は慌てて呼びとめた。


「ちょっと、どこへ行くのよ」


「決まってるだろ。帰るんだよ。そんなくだらない面接に付きあってられるほど俺様は暇じゃないんだ」


「まだ面接すると決まったわけじゃないわ。ひとまず城の人が来て説明してくれるのを待ちましょうよ」


ロムは渋々ながらも戻ってきた。


ほどなくして城のバルコニーに、正装に身を包んだ一人の青年が現れた。その美しい青年を見上げ、人々は口ぐちに「エルド王子だ」とさざめいた。


エルド …?


私は心底驚いた。なぜならその青年は、先日のパーティーでいきなり私に羊羹を食べてくれと頼んできた、あの青年だったからだ。


エルド王子は一つ咳払いしてからしかつめらしく挨拶を始めた。


「皆の者、急な募集であったが、このように足を運んでくれたこと、誠に感謝する。わかっているとは思うが、皆には城内にいる忌まわしいゴブリン共を退治してもらう。ゴブリンが城内から一匹もいなくなった時点で報酬100万πを与える。ただし途中で仕事を放棄した者には1πたりとも報酬は与えないものとする。以上の条件に納得した者は、今から順次城内へ入ってもらおう。では、皆の来場を待っているぞ」


王子はマントを翻し、颯爽と城内へ引き上げていった。


王子が立ち去るやいなや、城の正面入り口から黒髪の真面目そうな女性が姿を現した。彼女は事務的な口調で志願者達に城に入るようにと呼び掛けた。


誰一人として引き返す者はおらず、志願者達は気概に満ちた表情で次々と城内へ入っていく。


人波に飲まれたくなかった私とロムは、一番最後に入ろうと列から少し離れた所で待っていた。


なかなか進まない列に、ロムはかなり苛立っているようだ。


「そりゃ、この人数だもの。少なくともあと五分はかかるわね」


ところが私の予想は大きく外れた。どういうわけか城内に足をふみ入れた志願者達が次々と回れ右をして引き返してくるのだ。


どうやらほとんどの志願者が逃げ出したようで、今や私達の目の前には何の障害物もなかった。


「一体どうしたのかしら?」


「さぁな。とにかく俺達も中へ入ってみようぜ」


私達は入り口へと歩を進めた。


入ったとたん、玄関ホールの悲惨な光景に絶句した。


床、壁、天井、窓…至る所にゴブリンがうごめいている。


なるほど…彼らが血相変えて引き返していくのも納得だ。こんなとてつもない数のゴブリン、城中の者を集めても駆除するのに丸一日はかかるだろう。


でも、私の魔術とロムの力を使えば、夜明けまでには終わるかもしれない。


「さてと…じゃあ、ロムは天井と壁のゴブリンをお願い。私は床のゴブリンを退治するわ」


ところが横を見ると、そこにもうロムの姿はなかった。


――――もしかして、逃げた…?


しかし、入口の方を振り返っても、そこに彼の姿は確認できなかった。


一体、どこへ行ったのだろう?



「あのう…」


突然背後から女の人の声がした。振り返ると、さっき入り口にいた黒髪の女性が怪訝そうに私を見つめていた。


「もしかして、あなたも志願者の方ですか?」


「ええ、そうです」


私は自信たっぷりに返事をした。


「ご心配には及びません。私、こう見えて魔術師なんです。ゴブリンなんてあっという間に退治してみせますよ」


つい見栄を張ってしまったが、正直言うとあまり自信はない。しかし女性は私の話を信じたようで、「まぁ、それは助かりますわ」と目を輝かせた。


「それではまずこの玄関ホールからお願いします。それが終わったら応接間、厨房、食堂、大広間、礼拝堂をお願いします。あと、できましたら二階と三階の方も―――」


「ちょ…ちょっと待ってください!」


思わず私は口を挟んだ。


「ゴブリンの駆除は、玄関ホールだけじゃないんですか?」


女性は無表情のまま頷いた。そして、忌々しげにこう付け足した。


「玄関ホールどころか、城中にはびこっておりますわ」


私は言葉を失った。今すぐ帰りたい気分だった。しかしあんな大言壮語を吐いておきながら今更逃げ出すわけにもいくまい。


私は腹をくくって懐から杖を取り出した。

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