第4話 怪しいメイド

「くそ!まったく、なんなんだ!このゴブリンの数は!」


ゴブリンだらけの階段を上りながら、俺は怒りを爆発させた。


払っても払っても、絶えず両手両足に纏わりついてくるこのくそゴブリン共め!一体どこからこんな大量のゴブリンが沸いてきやがったんだ!これじゃメイド探しどころじゃねぇな…くそ…!


「ええい!」


俺は吸血鬼の姿に変身し、五段飛ばしで階段を駆け上がった。


一階と同様、二階もまたおびただしい数のゴブリンで溢れており、至る場所で城の兵士達が奴らと格闘を繰り広げていた。


従者達はゴブリン退治に夢中で、吸血鬼の姿をした俺にまったく気付いていないようだ。おかげで俺はこの姿のまま城内を自由に動き回ることができた。


今のところ、メイドと思しき若い女はまったく見当たらない。


もしかすると、ゴブリンに恐れをなして全員逃げたのかもしれない。もしくは、別室に隠れているか…。


取りあえずゴブリン共を蹴散らしながら、婦人用トイレの個室の戸を一つ一つ開けて調べていった。


しかし残念ながらどの個室も空室で、中に隠れている女はいないようだ。


が、撃沈して婦人用トイレから出てきた俺を、突然女の声が呼びとめた。顔を上げると、メイド服を着た若い女が興味深げに俺を見つめて立っていた。


艶やかな金髪、滑らかな真珠色の肌、ボンキュッボンのナイスバディ―――ふむ…中々の上玉じゃないか。


しかし妙だな…。今この女の目には吸血鬼の姿をした俺が映っているはずだが、なぜまったく驚いていないんだ…?


よっぽど度胸がすわってるのか、それともただのバカなのか?まぁ、血が吸えりゃどっちでもいいか。


俺は牙をむいて猛然と女に飛びかかった―――が、瞬間ヒラリと身をかわされ、俺はつんのめって前方の壁へと激突した。


強打した額から、血がダラダラと流れてくる。


まずいな…かなりの出血量だ。すぐに治療しなければ…。


俺はその場に胡坐をかき、目をつむって自己回復を行った。


傷が完全にふさがったのを確認し、人間の姿に戻ってから、気を取り直して女に向き直る。


女はまるで実験動物でも観察するかのような目でまじまじと俺を見つめていた。


「さすが吸血鬼ね。醜い外見はともかくとして、その自己治癒能力だけは本当にうらやましいわ」


「ああ?!何だと!さらっと失礼なこと抜かしやがっ――――」


「ところであなた、ここは女性用トイレよ」


女は満面の笑みで俺の話を遮った。


「男性用トイレは二階にあるわ。よかったらご案内しましょうか?」


「は?」


俺はむっとして眉をよせた。


「別に用を足しに来たわけじゃねぇよ」


「あら、それじゃ何をしていたのかしら?」


「そんなことより…」と、俺は話を逸らした。


「このくそゴブリン共の発生原因は一体何なんだ?」


「さぁ?私も詳しくは知らないけど、噂によるとエルド王子が監禁していたハゲタカかなんかの仕業らしいわよ」


“ハゲタカ”と聞いた瞬間、ウォルナッツの使い魔であるユベシの顔が頭に浮かんだ。


「おい」


俺は低い声で女に凄んだ。


「そのハゲタカは今どこにいるんだ?今すぐ奴に召喚解除をさせろよ」


「残念ながら彼はもう逃げてしまってこの城にはいないのよ」


まるで他人事のような呑気な口調。


実に奇妙だ。


自分が仕えている城がゴブリンにめちゃめちゃにされているというのに、一体この落ち着きぶりはどういうことなんだ?


まぁ、こんな城、俺にとっちゃどうでもいいが…。


「でも、彼がまた戻ってくる可能性はあるわよ」


笑いながら女は言う。


「そりゃどういう意味だ?」


「あのハゲタカさん、ご主人様の大事な物を忘れていってしまったのよ」


「大事な物…?」


女はニヤリと笑ってポケットから洒落たデザインの小さな箱を取りだした。


見覚えのある箱だった。


俺はこの箱をこれまで何度目にしたことだろう。


そう、魔糖石が入っているあの箱だ。この間ミルテがあの馬鹿コンドルに渡した箱と同じものに違いない。


なるほど、奴が行方不明になったのは、この城のエルドとかいう王子に拉致監禁されていたからだったのか。


「しかしエルドはなぜユベシなんかを誘拐したんだ?」


「それは勿論、主人であるウォルナッツの居所を吐かせるためよ」


女はあっさりと答えた。俺がコンドルの名を知っていることなどまったく不思議に思っていないようだ。


それにしても、ウォルナッツには悪魔から人間まで、幅広いタイプの敵がいるんだな。


ガーネットの次は一国の王子様か…。下手したら吸血鬼の俺よりも敵が多そうだな。


しかし今度はどういう理由でエルドに狙われているのか。


女に尋ねようとしたが、ちょうどタイミング悪くやってきた誰かに邪魔されてしまった。俺は舌打ちし、敵意むき出しにそいつを振り返った。


背のひょろ高い、明るい髪をした優男だ。疲れ切った表情で俺達のそばへとやって来る。


「おや、まだこんなところにいたのかい?」


奴はメイドの女に向かって言った。


「他のメイド達はもうとっくに城から避難してるよ。危ないから君も早くここを出た方がいい。雑魚とはいえ、ゴブリンも侮れないからね」


メイドの女は従順そうに頷き、男に愛想よく微笑みかけた。そして控えめな口調でこう言った。


「ご心配感謝いたします、エルド王子。ですが私なら大丈夫です。この周辺はあまりゴブリンも多くありませんので」


「うん、言われてみれば確かにこの辺りはゴブリンが少ないね」


辺りを見回しながら、エルドは不思議そうに首を傾げた。


「ところで――」と、ふいに彼は物問いたげな視線を俺に向けた。


「ああ、彼は――」


メイドの女は勿体ぶるように言葉を切り、チラリと意地悪く俺を見やった。


――――まさかこの女、俺の正体をバラそうとしてるのか?


俺は万一の場合に備え、変身の準備を整えた。


「ゴブリン退治に志願してくださった一般市民の方なんです。この辺りにいたゴブリンも、みんな彼が退治してくれたんですの」


女のとんでもないでっちあげ話に、俺は些か狼狽した。エルドは瞳を輝かせ、期待のこもった目で俺を見つめた。


「そうだったのか!てっきり志願者達はみんな逃げ帰ってしまったのかと思っていたよ。それじゃあこの階は君に任せようかな」


俺の肩をポンと叩き、踵を返してエルドが去って行く。


奴と入れ替わるようにして、今度はミルテがやって来た。

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