第5話 明かされる事情
案の定、ロムは若いメイドの女性を口説いているようだった。私はすぐさまロムを女性から引き離し、声を荒らげた。
「もう!こんなところでナンパしてないで、少しはゴブリン退治を手伝いなさいよ」
ロムは私の手を振りほどき、「やなこった」と鼻を鳴らした。そして、仰々しくこう言い放った。
「俺が狩りたいのは醜いゴブリンじゃなく、うら若いメイドの女だ」
「それはゴブリン退治が終わってからでもいいでしょ?とにかく人手が足りないのよ。それに私、ゴブリンを必ず殲滅させるって約束しちゃったのよ」
「お前が勝手にした約束のことなんて俺が知るかよ」
「だって、まさか城中にゴブリンがいるなんて思わなかったんだもの!ねぇ、お願い。ロムも手伝ってよ」
私は必死でロムに懇願した。しかし彼の態度は相変わらずだった。
「はん!誰がそんな面倒なこと―――」
突然、ロムはハッと何かに気付いたかのように口をつぐんだ。
「ロム…?」
すると彼はふいに口元を吊り上げ、「そうだ、良い方法がある」と、なぜかメイドの女性に視線を送った。
彼女はおもむろにポケットに手を伸ばし、中から小さな箱のようなものを取りだすと、それを私に向かって差し出した。
その小さな箱を見て、私は思わずあっと声を上げた。
「ウォルナッツさんの魔糖石!でも、ユベシさんに渡したはずなのに、どうしてここに…?」
「届ける途中、ユベシはこの城の王子に誘拐されたんだとよ」
ロムが煩わしそうに説明を始める。
どうやらユベシさんが行方不明になっていたのは、このオペラ城のエルド王子に監禁されていたかららしい。
理由はよくわからないが、エルド王子はウォルナッツさんを探していて、使い魔であるユベシさんに居場所を無理矢理吐かせようとしたのだとか。
しかしユベシさんはなんらかの方法で鳥籠から抜け出し、さらに王子への腹いせに大量のゴブリンを召喚して城から逃げて行ったのだ。
だけど、肝心の魔糖石を忘れていくんだから世話ないわ。まぁ、おかげでゴブリン退治は楽に片付きそうだけど。
なんたって魔糖石を食べればいつもの百倍は魔力が増幅するんだから。これを使って聖なる光の呪文を唱えれば、城中のゴブリンも一瞬で消え去ること間違いなしだわ。
「それじゃ、遠慮なく使わせてもらおうかしら」
私は魔糖石の箱を受け取ろうと手を伸ばした。ところが突然メイドの女性はさっと手を引っ込め、私からその箱を遠ざけた。
私は呆気に取られたまま女性を見つめた。なぜ彼女がこんな意地悪をするのか、さっぱりわからない。
「貴重な魔糖石をゴブリンごときの駆除に使うつもり?今は使うべき時ではないわ」
「はん!メイドのくせに偉そうに!」
ロムが思い切り食ってかかる。
「そんなことをお前に指図されるいわれはない。とっととその箱をこっちへ寄越せ!」
ロムは彼女の手中から、無理矢理箱を奪い取ろうとした。
しかし次の瞬間―――グギッという鈍い音と共に、ロムの右手が180度回転してあらぬ方向へと向いた。
「このアマ…!やりやがったな…!」
痛みに悶えながら悪態をつくロム。
私には状況がまったく理解できなかった。
今のは彼女の仕業なのだろうか?もしかして、このメイドの女性は―――
「エルドはすでに月餅王国のテンシンタワービルに刺客を差し向けたわ」
女性が真面目な顔つきで言う。私とロムは顔を見合わせた。
「テンシンタワービルって、今ウォルナッツさんが出場してる麻雀選手権が行われているところよね?つまり、ウォルナッツさんがその刺客に狙われてるってこと?」
「ええ、かなりまずい状況よ。魔糖石なしで彼に勝ち目はないもの」
「そんな…。でも、どうしてエルド王子はウォルナッツさんを…?」
「オペラ城の庭の聖木から魔糖石を盗んだからよ」
「えっ?」
衝撃の事実だ。魔糖石が、まさかこのオペラ城の庭の木から採れるなんて…!
だけど、この人はどうしてこんなことを私達に教えてくれるのだろう?
見た所、杖なしで魔法を使えるほど熟練した魔術師のようだが…。
おまけに、ウォルナッツさんのことも知っているみたいだし…。
私は探るように女性を見つめた。
「あなた、ただのメイドじゃないわね?一体何者なの?」
「あら、私は自分がメイドだなんて一言も言ってないわよ」
女性はニコリと愛嬌たっぷりに微笑んだ。
「私はフィスティキア・エギニス・ミエール。ウォル坊やとは昔からの付き合いなの」
“ウォル坊や”…?
若い女性が中年のおじさんを坊や呼ばわりするのはちょっと違和感があったが、私は黙って彼女の話に耳を傾けた。
「本当は今すぐにでもこの魔糖石を彼に届けに行きたいところなんだけど、あいにく私はテンシンタワービルに一歩も入ることができないのよ。過去の選手権に出場した時に、準々決勝でイカサマしたことがバレちゃって、それ以来出入り禁止になっちゃったの」
フィスティキアさんは言葉を切ると、ふいに期待のこもった瞳で私達を見つめた。
「ねぇ、あなた達が代わりに届けてやってくれない?」
「え…?」
私はためらうように辺りを見回した。
確かにウォルナッツさんのことは心配だが、ゴブリン退治を投げ出して行くわけにはいかない。
「あの…」
「やなこった!」
ロムが無理やり割り込んできた。
「誰がそんな面倒な頼み引き受けるかよ。ウォルナッツがどうなろうと俺の知ったこっちゃない」
「ひどいわ、ロム!」
「そんなに行きたきゃ一人で届けに行けよ。元々はお前が届けるはずのもんだったんだろ?だいたい、お前がユベシなんかに預けるからいけないんだ」
「何よ!仕方ないじゃない!私だって、ユベシさんがあんなに間抜けだって知ってたら預けなかったわよ!」
「とにかく、俺は行かないからな」
ロムはきっぱりとそう言い切り、子供のようにふいとそっぽを向いた。
相変わらず薄情な奴だ。
「二人とも、準備が整ったわよ」
突然、フィスティキアさんがにこやかに私達を振り返った。
彼女の足元には大きな魔法陣が描かれてあり、描かれた線は禍禍しい紫色の光を放っている。
「さぁ、早くこっちへいらっしゃい」
彼女は私達を手招き、魔法陣の中心を指差した。
「な…何をするつもりなんですか…?」
私は警戒するように数歩後ずさった。
「何って、転送魔法を使うのよ。あなた達をテンシンタワービルへ送るために」
「ちょ…ちょっと、待ってください!」
私は慌てて口を挟んだ。
「私達、まだ行くと決めたわけじゃありません」
「そうだ!ミルテはともかく、俺は行かないと返事したはずだぞ」
すぐさまロムも同調する。
「俺は今すぐ喉を潤したくてイライラしてんだ。月餅王国なんて行ってられるか」
「あら、ご存知ないの?月餅王国の女性の血は格段に美味しいのよ。その味は吸血鬼界でも最高ランクに位置付けられているらしいわ」
「何…?!」
ロムは目の色を変えて食いついた。
「それは本当か?」
「ええ。きっとテンシンタワービルにも地元の女性がたくさん来ていると思うわよ」
私は呆れと感心の入り混じった目でフィスティキアさんを見つめた。その口元には悪魔顔負けの邪悪な笑みが広がっていた。
よくもまぁ、平然とあんなことを言えたものだ。それなのに、ロムときたらあんな見え透いた嘘に引っ掛かって…。本っっ当に馬鹿なんだから!
「おい」
突然ロムに右手を掴まれた。
「もたもたすんな。早く行くぞ」
彼はじれったそうにそう呼びかけ、魔法陣の方を顎でしゃくった。先ほどとはうって変わって意気盛んな様子だ。
「私はまだ行くとは言ってないわ。ゴブリン退治のこともあるし…」
私はロムの手を振り払い、口を尖らせた。
「は?今更何言ってんだよ」
ロムは蔑むように鼻を鳴らした。
「全ての責任はお前にあるんだぞ。お前に選択権なんてねぇんだよ。ほら、行くぞ」
ロムは私を無理矢理魔法陣の中心へと引っ張って行った。
「大丈夫よ」
私に魔糖石の箱を手渡しながら、フィスティキアさんがのんびりと言う。
「ゴブリン達はあとで私が一匹残らず片づけておくから」
確固たるその口調に、私は妙な違和感を感じた。
「本当に大丈夫ですか…?魔糖石をいくつか使った方がいいんじゃないですか?」
しかし彼女は「問題ないわ」と私を魔法陣の中へ押しやり、さっそく呪文を唱え始めた。
魔方陣の線が先ほどよりも強く光り輝き、私達を徐々に包みこんでいく。まるで日向ぼっこをしているような、妙な心地よさを感じる。
「実を言うとね…」
呪文を唱え終えるや否や、フィスティキアさんはペロリと舌を出してこう打ち明けた。
「あのゴブリン達を召喚したのは私なの。ユベシの飛行速度じゃすぐに連中に追い付かれてしまうと思ったから、少しでも時間を稼ぎたかったのよ。まぁ、そういうわけだからいつでも召喚解除はできるってわけ」
「ええ?それならそうと早く――――」
眩しい光と共に視界が揺らぎ始め、私の声は途中でかき消されてしまった。
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