Errand Magical Girl~おつかい魔法少女★~
オブリガート
第一章
第1話 おつかい
私は凄腕魔術師アマンド・バニラの孫娘、ミルティーユ・バニラ。
一応魔術師の卵だが、まだまだじいちゃんには及ばない。
アマンドじいちゃんは生まれてすぐに両親を失った私を引き取って育ててくれた恩人だ。
「じいちゃん、おやつだよ」
食卓で何やら考え事をしているらしいじいちゃんに、私は三時のおやつの差し入れをした。
いつもと同じ、南部煎餅だ。 しかし、今日は見切り品の粉々になった南部煎餅ではなく、しっかりと原形を保った南部煎餅だ。
少しでも、じいちゃんの機嫌を取っておきたい。
実は昨日、床にコーヒーを大量にぶちまけてしまって、雑巾と間違えてじいちゃんのローブで床を拭いてしまったのだ。
本当は早く謝ろうと思っていたんだけど、昨日はじいちゃん、麻雀に負けて帰ってきたから機嫌が悪かったし、中々言い出せなかったんだよね…。
でも、今日こそは言わなければならない。
「じいちゃん、私ね――――」
「ミルテ、お前に話がある」
せっかく勇気を振り絞って話そうとしたのに、遮られてしまった。
だけど、 話って何だろう。 まさか、コーヒー染めのローブのことがバレた…?
「ちょっと届け物をしてもらいたいんじゃよ」
どうやらバレていなかったらしい。
「実は昨日、馴染みの雀荘でいつものメンバーと麻雀をしていたんだがな。わしのマブダチのウォルナッツが忘れ物をしていきおったんじゃ。そこで、その忘れ物をお前に届けに行ってもらいたいんじゃよ」
「え…?なんで私が?」
――――というか、ウォルナッツさんて誰?
「実は急を要するんじゃよ。ウォルナッツは今日の夕方、この町から発つ予定なんじゃ。わしはこの通り老いぼれじゃし、若いお前が走って届ければ間に合うじゃろう」
「は?夕方って…もうすぐじゃない!」
どうしてもっと早く言わないかな?
「ん?そうか、もうそんな時間じゃったか?しかし、大丈夫じゃ。ウォルナッツの泊まっている宿はここからそう遠くはない。今から全力で走れば間に合うじゃろう」
走らなきゃ間に合わないなんて、ちっとも大丈夫じゃないっての、もう!
私はすぐさま出発の支度を始めた。
「いいか、物取りにはくれぐれも気を付けるんじゃぞ。近頃は怪盗Wやらパンクパンサーやら、わけのわからん悪漢がうようよしてるらしいからな」
「わかってるって。魔法の杖もあるし大丈夫だよ」
玄関口でじいちゃんに見送られながら、私はバタバタと家を飛び出した。
じいちゃんから聞いた話によれば、ウォルナッツさんは町の中心部にあるカプチーノホテルという最高級ホテルに泊まっているらしい。
でもまさかじいちゃんのマブダチがそんなお高いホテルに泊まれるような金持ちだとは思わなかったな。
忘れ物を届けたら、少しはお礼とかもらえるのかな…ワクワク。
薄暗い森をスキップしながら、私は期待に胸を躍らせた。
それにしても、今日は一段と森が静かだ。
小鳥のさえずりはおろか、風で木の葉が揺れる音すら聞こえない。
いつも通っているから慣れているとは言え、ここまで静かだとちょっと不気味だ。
「なんだか嫌な悪寒を感じるわ。こんな道、早く抜けよう!」
私は後ろを見ないようにして、全速力で駆け出した。
ひょっとしたら、"ヤツら"が近くにいるのかもしれない。
じいちゃんが言っていた。 こういう時は、絶対に後ろを振り返ってはいけないと。
振り返って視線が合ってしまったら、"ヤツら"は威嚇されてると勘違いして襲いかかってくるからだ。
"ヤツら"というのは、私達人間の最大の敵、"魔物"だ。 昼間は滅多に見かけることはないが、
この森にも何体か潜んでいるようだが、じいちゃん曰く弱い魔物しかいないらしいから、目を合わせない限り襲われる危険はないそうだ。
そう。振り返らずに走って通り抜ければ、そのうち魔物の嫌な気配は感じなくなるはず―――
って…あれ…? おかしいな…。 実におかしい。
もう五分ほど走っているのに、まだ気味の悪い気配を感じる。
しかも、だんだんその気配が増してきているような…。
――――はっ…! まさか…。
私、魔物に目を付けられたんじゃ…?
急に恐ろしくなり、走るスピードをさらに上げた。
「はぁ、はぁ…はぁ…はぁ…」
息が苦しい…。 もう…走れない…。
森を抜けるまでまだもう少し距離があるけど、いったん一休みしよう。
――――ああ、ちょうどあそこにいい切り株がある。
ふらふらの足でなんとか切り株の所まで歩いていき、どかりと腰を下ろす。
おや…?さっきまでの嫌な気配がまったくしない。 どうやら上手く振り切れたようだ。
「さすがに…私の足には追いつけなかったみたい…」
息を切らしながら、私は誰に言うでもなく得意げに呟いた。
他のスポーツはからっきしだけど、かけっこだけは得意なのだ。
「さぁて…そろそろ行くか」
ウォルナッツさんに早く忘れ物を届けてあげないとね。
私は切り株の上からすっくと立ち上がり、森の出口へ向かって歩き出した。
魔物なんて大したことなかったな。 一応魔法の杖を持ってきたけど、必要なかったみたい。
「ああ、よかった」
ところが、安堵のため息をついたその時だった。 真後ろに、またあの気配を感じたのだ。
しかし、遅かった。
一瞬にして、氷のように冷たい白い手が、私の両肩を捕まえる。
首筋に、何か鋭い物の先端が触れるのを感じた。
――――どうして…? じいちゃんの言い付け通り、振り返らずに逃げたのに…。 あれは嘘だったの…?
私はここで魔物に襲われて死ぬのだろうか…。
ああ、そうだ。 どうせなら死ぬ前に、ウォルナッツさんが忘れていった忘れ物とやらを拝んでおこう…。
じいちゃんは絶対に開けるなと言っていたけど、もう私死ぬんだし、別にいいよね。
私は懐から、ウォルナッツさんの忘れ物が入った小さな箱を取り出し、その蓋を開けた。
――――えっ…? これってもしかして…?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます