第6話 ノアゼット宅訪問

八丁目の…十番地三…ここだ。


私は今、父の従兄弟ノアゼットさんの自宅前に来ている。


オペラ王国城下町の高級住宅地として知られる八丁目。


富裕貴族だけが住んでいるこのエリアに、ノアゼットさんの家がある。


彼がこんな高級住宅地に住めるのは、三年前に伯爵の娘と結婚したから。


勿論、その伯爵の娘は魔力を持たない普通の人間だ。


つまりノアゼットさんは、村の掟を破って、普通の人間として平凡な生活を送ることを選んだのだ。


「ごめんください」


金色のドアノッカーを叩くと、使用人と思われる中年のおばさんが出てきた。


「どちら様でしょうか?」


使用人は怪訝そうに私を見つめている。


「私はセリーズ。ノアゼットの親類の者よ」


そう答えると、彼女はとたんにうやうやしく腰を曲げ、「あらあら、旦那様のご親戚の方でしたか!それでは、どうぞ中へお入りくださいまし」と、丁重に私を家の中へ迎え入れてくれた。


使用人は私を客間へ通すと、「少々お待ちください」と言って、颯爽と部屋を出ていった。


彼女がノアゼットさんを連れて客間に戻ってきたのは、それからおよそ十分後のことだ。


「おお、セリーズ!久しぶりだな」


ノアゼットさんは満面の笑みでこちらに近付いてきた。


「最後に会ったのはあの事件の時以来だから…三年ぶりか。ちょっと見ないうちに、ずいぶんといい女になったもんだ。まぁ、そりゃそうか。お前も十七…いや十八になったんだもんなぁ…」


彼も先ほどの使用人と同様に、私を上から下までじっくりと眺めまわした。


といっても、こちらは少しいやらしい目付きだ。


「十九ですわ、ノアゼットさん。というより、私はあなたに成長した姿をお見せしに来たわけではありません」


冷たくそう言い放つと、ノアゼットさんは慌てて私から目線を逸らした。


「おお、すまん。若い娘を見るとついな…」


能天気に笑う彼の姿が、父の姿と重なった。


従兄弟同士だからか、二人は性格や雰囲気がどことなく似ている。


強いて異なる点を挙げるとすれば、それは魔術の腕前だろう。


魔力が弱くて、魔糖石なしじゃまともに魔物とも戦えない父に対し、ノアゼットさんは呪文一つで多くの魔物を蹴散らしてしまうほどの凄腕魔術師なのだ。


だがそれでも、ガーネットと一対一で殺り合うのは危険すぎる。


「それでセリーズ、大事な話というのはなんだい?今からパーティーに行く支度もしなくてはならないから、できたら手短に頼むよ」


手鏡でしきりに髪型をチェックしながら、ノアゼットさんが朗らかに言う。


「実は――――」


言いかけて、私は口をつぐんだ。


これからパーティーに行く人に、「あなたは近々何者かに殺されます」なんて言えるはずがない。


せっかくの高揚した気分が台無しだ。


言うならせめて、そのパーティーとやらが終わってから…。


いや、そもそも彼をパーティーに行かせても大丈夫なんだろうか…?


お祭り気分ですっかり気も緩んでいるし、それに…。


「ねぇ、ノアゼットさん。最近魔術を使ってます?」


私はさっきから気になっていたことを尋ねてみた。


どうも以前のような強い魔力が感じられないのだ。


考えられる可能性はただ一つ。


「最近魔術を使ったかだって?」


ノアゼットさんは笑いだした。


「最近どころか、三年前に結婚してから一度も使ってないよ」


――――やっぱりか…。


しかしまさかそれほど長い間魔術を使っていないとは思わなかった。


そう…。私達魔術師は、常日頃から継続的に魔術を使っていないと、徐々に魔力が弱くなってしまうのだ。


例えるなら、スポーツ選手が運動するのをやめて筋肉が衰えるのと同じ。


そして再び元の力を取り戻すには、懸命に鍛練を積んでもそれなりに長い月日がかかる。


やっぱりここへ来て正解ね。


今のノアゼットさん…下手したらお父様よりも弱いかも…。


こんな状態の彼を護衛なしでパーティーに行かせるなんて、とんでもないことだわ。


事情を話すのは明日にするとして、取り合えず今夜は私もパーティーへ付いて行った方が良さそうね。






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