第7話 パーティー開幕
時計の針が午後六時を指すと同時に、オペラ王国国王陛下誕生記念パーティーは華々しく幕を開けた。
冒頭からマルメロ王の挨拶がやたら長くて途中意識が飛びかけたが、それが済んだ後は夢のような時間が待っていた。
照りっ照りのローストチキン。
熱々のチーズがたっぷり乗ったキャセロール。
濃厚でクリーミーなロブスターのビスク。
みずみずしい新鮮なフルーツ。
宝石のように美しいデザート。
他にも数え切れないほどの美味しい料理が、食卓に所狭しと並んでいた。
こんな美味しい料理を好きなだけ食べていいなんて、本当に夢のようだわ!
ダンスを楽しむ貴族達の反対側で、私ミルティーユ・バニラはひたすら料理を口に運んでいた。
「君、羊羮は好き?」
突如真後ろから聞こえてきた、高く爽やかな男性の声。
振り返ると、純白の正装に身を包んだ、輝くエメラルドの瞳を持つ美青年が立っていた。
「はい、あんこ系は大好物ですけど…」
私は口一杯に頬張っていたイチゴタルトを無理やり飲みこみ、やや警戒気味に返事をした。
すると男性はこの上なく嬉しそうな笑顔を浮かべ、「よかったら、この羊羮もらってくれないかな。実を言うと僕は甘い物があまり得意じゃないんだけど、連れの者が海苔の寒天寄せと勘違いして持ってきてしまってね」と、小皿に乗った一切れの羊羮を差し出してきた。
「まぁ、そういうことでしたか。では遠慮なくいただきます」
内心、どうしたら羊羮を海苔の寒天寄せと間違えられるのだろうと呆れながらも、私は笑顔で差し出された羊羮を受け取った。
「君はどこの家のお嬢さんかな?」
羊羮を口に運ぶ私を微笑ましく見つめながら、男性が優しい声で尋ねる。
「いえ、その…名乗るほどの家柄でもないので…」
なんとか誤魔化そうとしてみたが、彼はなかなか引き下がらなかった。
「君は謙虚なんだね。でもせめて、名前だけでも教えてくれないかな?」
「名前…ですか…」
困ったな。本名を名乗るわけにはいかないし…。
ああ、そうだ。ロムが襲った貴族の女性、名前は何て言ったっけ…?
確か、舌を噛みそうな名前だったな…。
「えーと…パ…パーシモン・ヴリジャンテ…です」
私は誤魔化すようにもごもごと答えた。
しかし、男性の耳にはしっかりとその名前が聞こえたようだ。
「え?じゃあ、君は…ヴリジャンテ公爵夫人?」
彼は信じられないと言いたげに私の顔をまじまじと見つめた。
――――やばい…ひょっとして偽者だってバレた?どうしよう…逃げるなら早い方がいいよね…。
しかし、結局そんな心配は無用であった。
「なるほど、そうか。ヴリジャンテ公爵が年の離れた娘と結婚したとは聞いていたけど、まさかこんなに若いとはね」
男性は納得したように大きく頷くと、ふいに私の左手を取り、さりげなくその甲に口付けした。
「ヴリジャンテ夫人、食事が済んだらダンスのお相手をお願いできるかな?」
「えっ…?あ…あの…ええと…」
私はすっかり気が動転してしまい、なかなか言葉が口から出てこなかった。
男性から手の甲に口づけをされたのは生まれて初めてのことだったのだ。
と、ちょうどその時、人並みを掻き分けて、黒髪の女の人がこちらへと走ってきた。
「ああ!こんなところにいたんですか、エルド様、兄上殿が探しておられましたよ」
女性は彼の前で足を止め、咎めるような口調でそう告げた。
「まったくタイミングが悪いなぁ…」
エメラルドの瞳の美青年ことエルドは、額に手を当てやれやれとため息をついた。
そして私に向き直り、申し訳なさそうに眉を下げて謝った。
「すまない、ヴリジャンテ夫人。兄が呼んでいるから行かなければ。よかったら後でお相手を頼むよ」
エルド青年が去ったあと、私はひとまず安堵のため息をついた。
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