第8話 疑惑
私は試合会場を出て長い廊下を全速力で突き進んだ。
ちょうど突き当たりのエレベーターのドアが両側にゆっくりと開いた。中には誰も乗っていない。私は躊躇うことなくエレベーターに飛び乗った。
が、行き先階ボタンを押そうとして、ハッとした。
――――しまった!ウォルナッツさんが宿泊している部屋の番号を聞くのをすっかり忘れていた。
試合会場に戻ってまたあの審判員に聞いてこなければ。
しかしエレベーターから出ようとしたその時、タイミング悪く一人の男性が中に駆け込んで来て、「閉」と「9F」のボタンを押されてしまった。
――――ああ…最悪だ!よりにもよってこんな急いでいるときに!
私は憎々しげに男性の背中を睨み付けた。
視線を感じたのか、男性がくるりと首をねじってこちらを振り返る。
振り返ったその顔を見て、思わずあっと声がもれた。
「ラズベル…!」
そう。豪華客船サントノレ号で偽乗組員をしていた、あのロン毛のラズベルだったのだ。
「あれ?ミルテちゃんじゃないか」
私に気付き、にっこりと頬を緩ませるラズベル。
「奇遇だね、こんなところで再会するなんて」
「そうね。でも、あなたどうしてここにいるの?」
「試合の観戦に来たんだよ」
ラズベルはヘラヘラ笑いながら答えると、ふいに表情を変えて探るように私を見た。
「君こそ、どうしてここにいるんだい?」
「それが――――ちょっと色々あってね…。ウォルナッツさんを探しているの」
私は簡潔に事情を説明した。
「そうか、それは大変だね」
彼は同情するように頷き、いくつか励ましの言葉をかけてくれた。
しかし私はその何気ない言葉や動作に、どうも妙な違和感を感じていた。
そういえば、ラズベルと初めて会ったあの豪華客船には、元々ウォルナッツさんも乗る予定だったのだ。今彼がウォルナッツさんの滞在しているテンシンタワービルにいるのは偶然なのだろうか…?
エレベーターの扉が開き、ラズベルはにこやかに手を振りながら出て行った。
去りゆくその背中を見つめながら、ふと思った。
ラズベルは、9階に何の用があるのだろう?試合会場は1階なのに。
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