第12話 ユベシ登場

気分最悪だ…。


朝っぱらから俺は、甲板の手すりから身を乗り出して嘔吐していた。


「大丈夫、ロム?」


レストランへ朝食を食べに行っていたミルテが戻ってきたようだ。


彼女の隣りには、あのロン毛の偽水兵ラズベルもいる。


そう。ミルテは朝食を奴に奢ってもらっていたのだ。


「おはよ、ロム。完全に二日酔いだね」


昨夜は俺よりも飲んでいたくせに、ムカつくくらい爽やかな笑顔を見せるラズベル。


「二日酔いは自己回復で治せないのね」


ミルテが笑いをかみ殺しながら言う。


――――くそ…!気持ち悪すぎて言い返す気にもなれねぇ…。


「おや、自己回復ってなんのことだい?」


ロン毛が鋭い質問をぶつけてきた。


「あ…!」


しまったというように両手で口を覆うミルテ。


―――たわけめ…。


ミルテの様子を見て、ラズベルはニヤリと笑った。


「ひょっとしてロム君、君の正体は…ここに載ってるお尋ね者の吸血鬼なんじゃないのかい?」


ラズベルはポケットから新聞の切り抜きのようなものを取り出し、俺の目の前にかざした。


奴が見せたそれは、昨日の朝刊に載っていた、俺の人相書きだった。


「これ…ロムにそっくり…!」


人相書きを見たミルテが驚きの声を上げる。


そっくりって…そりゃ本人だからな…。


どうやらミルテは俺が賞金首にかけられていることを知らなかったらしい。


「卑怯者め!貴様、何もかも知っていて俺をバーに連れて行ったんだな?二日酔いでフラフラになった俺を殺そうって魂胆か…!」


襲ってくる吐き気を堪えながら、俺はロン毛に向かって怒号を飛ばした。


バーに誘われた時からどうも怪しい奴だと思ってたんだ。


軽薄そうに見えてまったく隙がないし…。


「そんな…ラズベルがロムを…?」


ミルテは不安そうな表情を浮かべながら、俺とラズベルを交互に見やった。


緊迫した空気が漂う中、突然、甲板に一匹のコンドルが下り立った。


その首には、何か紫色の布のようなものが巻き付けられている。


迷い鳥だろうか。


「ああ、あなたがミルテ様ですね!アマンド様が下さったこちらの布のお陰で容易に見つけ出すことができました」


一方的にペラペラと話し始めるコンドルを、俺達は呆気にとられたまま見つめていた。


ひょっとしてこいつは、ベテランの魔術師なら最低一匹は従えているという、“使い魔”というやつだろうか。


「ちょ…ちょっと…それ…!」


ミルテは震える手でコンドルの首に付いている紫色の布を指差した。


「私のブラジャーじゃない…!」


顔を真っ赤に染めながら、ミルテはコンドルの首から無理矢理自分の下着を剥ぎ取った。


へえ…。


そんな胸でもブラジャー着けてるんだな…。


「じいちゃんたら…勝手に私の下着を…!」


怒りに身を震わせるミルテ。


「お許しを、ミルテ様!あなたを捜すためには仕方がなかったのです!」


コンドルは大声で謝罪の言葉を述べながら土下座した。


ミルテは冷ややかな瞳でコンドルを一瞥してから、一つ咳払いをして口を開いた。


「それより、じいちゃんの使い魔でもないあなたが私に何の用?」


ミルテが問うと、コンドルはゆっくりと頭を上げ、また元気よく話し始めた。


「申し遅れました。わたくし、ウォルナッツ・ノチェロ・シュクルブランの使い魔のユベシと申します。実は先ほどアマンド様からあなたが魔糖石を持っていると伺いましたもので、お忙しいご主人様の代理としてこうしてわたくしめが受け取りにやって来た次第でございます」


何…?ウォルナッツの使い魔だと…?


俺とミルテは思わず顔を見合わせた。


普通、使い魔は魔術師にしか仕えないはずなのだが…。最近の使い魔は悪魔にまで仕えるようになったのか。


「あの…ユベシさん…。せっかく来てくれたのに悪いんだけど…」


気まずそうに視線を泳がせながらミルテがおずおずと切り出した。


「その…魔糖石のことなんだけど…。昨日、ガーネットとかいう女悪魔に取られちゃって…」


「な…!なんですと!?あの冷酷非道な…ガーネットに…?!」


ユベシは引きつったような声を上げた。


“悪魔”の部分だけやけに忌々しげな口調だったが…お前の主人も“悪魔”だろ…?


「それでね、私達これからガーネットの所まで魔糖石を取り返しに行こうと思ってるんだけど、よかったらユベシさんも…」


「いいえ!あの女の所へなど死んでも行きません!」


ミルテの言葉を遮って、ユベシはきっぱりとそう言い放った。


偉く取り乱しているな。よほど恐ろしい目に遇わされたと見える。


「わたくしは昔、あの女に焼き鳥にされかけたんです!あの時は本当に死ぬかと思いましたよ!」


「落ち着いて、ユベシさん!じゃあ、私達だけで取り返しに行くから、頃合いを見てまた来てくれる?」


ミルテになだめられ、ようやくユベシは落ち着きを取り戻した。


「すみません…取り乱してしまって…。では、頼みましたよ。あの魔糖石は、戦闘力の低いひ弱なご主人様にとって必要不可欠なものなのです。実はご主人様の命を狙っているのはガーネット一人だけではありません。過去に代打ちのアルバイトをなさっていたご主人様は、負けた際にいつも責任を取らずにトンズラしていたために、多くの雇い主を敵に回してしまったのです」


それは自業自得だな。もしも俺がその雇い主なら、なんとしてでもウォルナッツを探しだし、海底に生きたまま沈めてやるところだ。


「では皆さん、くれぐれもお気をつけ下さい」


俺達に別れの挨拶を済ますと、ユベシはくるりと背を向けて羽を広げた。


「ああ、忘れていました」


何か思い出したのか、ユベシがミルテの方を振り返る。


「アマンド様が“プレゼントありがとう”とおっしゃっておりましたよ」


それだけ告げて、ユベシは大空に向かって飛び立っていった。


「プレゼント…?何のことかしら…?」


きょとんとした顔でミルテは首を傾げていた。




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