襲撃
「どういうこと?」
考えるよりも早く、本能的に追従運転を解除、AIをインターセプトしてリミッターを超えた速度で急速沈降を指示する。
バラストエアを盛大に放出し、元々TM101よりはるかに重たいTM102は、石のように沈下、たちまち海面下200メートルほどまで到達した。
『今上にいるヘリはたぶん昨日〈ろっこう〉を沈めたヤツだ。魚雷を積んでるぞ』
仲間さんの声。
「どこまで潜ればいいんですか?」
『わからん。最低数百メートル、とにかく潜れ!』
私は音響センサを可視化して上を見上げる。まっすぐにこちらを目指して沈んでくるぎらぎらと明るい点が一つ。魚雷の頭部から強力なアクティブソナーが発振されているので、その姿は燃えるように赤い。
そして長谷川君と仲間さんが乗るTM101は、私よりもまだかなり上。手動操作ではこれ以上早く潜るのは無理なのだ。そのうちにも魚雷が迫る。このままではとても間に合いそうにない。
「長谷川君、ごめん!」
私はTM101の操作をインターセプトし、102と同じように強引にリミッターを解除した。まるで爆発のように細かい気泡を大量に放出し、101がこっちに向かって降ってくる。
気泡の塊に突っ込んだ魚雷が不意に爆発する。だが、衝撃波で二艇は激しく揺れ、101はほとんど逆さまになるほど大きく傾いた。
「101、大丈夫?」
返事が戻るまでしばらくかかった。
『お前、何をした!』
長谷川君だ。怒ってる。そりゃあたりまえか。
「ごめんなさい。間に合わないと思ったから、操作系をインターセプトしました」
正直に告白する。それしか彼らの命を救う手段はなかった。
だが、彼の機嫌は直らない。言い訳をする間もくれず、それっきり通信は途絶えた。
「あー、もう! 面倒くさいヤツ!」
私は頭をかきむしり、音響センサーの照準をTM101のコクピットにあわせた。耐圧球の微細な振動から、どうにか艇内の会話を拾おうと思ったのだ。
“あの野郎、俺を差し置いて余計な真似を。101は俺の艇だぞ!”
やっぱり怒鳴ってる。
“でも、あの娘がいなけりゃ俺達、今頃海の藻屑だ。分かってやれよ”
そうだそうだ。私は仲間さんの声に心の中で合いの手を入れながら、AIの能力を一部上方の警戒にも振り当てる。あのヘリに一体何発の魚雷が積まれているのか分からない。いつ次の魚雷が降ってくるのか?
“もう終わりですか?”
“わからん。ヘリ一機に二発は積めるって聞いたことがある”
“昨日〈ろっこう〉は何発やられたんですか?”
それは私も知りたい。スキャンデータでは最低でも二つの穴があいていた。仲間さんは昨日、ヘリは二機だと言っていた。今朝見かけたのは一機。だとすれば、残る魚雷は恐らくあと一本。
だが、長谷川君は何を勘違いしたのか、不意にふらふらと浮上を始める。
『長谷川君、危ないよ! まだ…』
返事はない。仕方なくもう一度制御系を奪おうとしてぎょっとした。101のAIレスポンダーが切られている。
多分、腹立ち紛れにフルマニュアルに変更したせいで操縦の癖が変わってしまったのだ。101は頭が軽く、反対に102はとても重い。両方の表面的な性能を出来るだけそろえるために、AIが中性浮力を管理していたはず。
今の101は軽すぎて、たぶんうまくコントロールできていない。
私は唇を噛んだ。
私が余計なことをしたせいで、今頃長谷川君はパニックになっている。次に魚雷が降ってきたとき、うまく逃げられるか、これで分からなくなってしまった。
私は出来るだけ何が起こっても対応できるようにマニピュレーターを最大に展開し、101から離れないように速度を合わせてゆっくりと浮上する。
その時何かが頭上でチカリと輝いた。
慌てて確認する。やっぱりそうだ。ずきずきするような真っ赤なソナーの輝き。
まるで夜空に輝く
『長谷川君! 上! 魚雷よ!』
遠隔で操作が奪えないのなら、あとは実力行使しかない。わたしは101のテールフィンをマニピュレータでつかもうとして、空振り。101が急に前進したのだ。
上下の操作がうまくいかなくなったので、水平に逃げようと思ったのだろう。でも、私たちの航行速度は全速力でもせいぜい20ノット。海のミサイルである魚雷のスピードがそれを下回るとはとても思えない。
『長谷川君、駄目!』
私は叫ぶ。
まるで流れ星のように白く輝く航跡を引きながら、電柱のような太い魚雷がぐっと頭をもたげた。
捕捉された!
魚雷の仕組みはよくわからないけど、センサーで見る限り、正面にラッパのように広がるソナー音が明るく見える。101の尻尾は間違いなくその網の中に捉えられている。
『長谷川君!』
私は突進するように101を追い、ちょうど魚雷の横っ腹に突き刺すようにマニュピレータを突き出した。どうやら運良く推進部を破壊したらしく、亀裂から激しく吹き出すガスのせいで魚雷の向きが急に変化した。
「あわわっ!」
私は焦る。制御を失った魚雷の頭がまるで回り込むようにこっちを向いたのだ。
「やだ!」
ソナー音が耳をつんざくように響き、センサーの視界が真っ赤に染まる。
次の瞬間、金属バットで思い切り殴られたような音とショックが全身を襲った。
次に気づいた時、世界は真っ白だった。
ズキズキする頭を振ってぼんやりと目を開き、暗闇に激しく点滅するインジケーターの群れと二重写しになった視界を見る。
(ああ、センサーのオーバーロードか…)
だとすると、私はまだ死んでない。
どうにか正気を取り戻し、のろのろとAIに指示を飛ばしてステータスを表示する。
「ああ…」
その瞬間、思わずため息。
耐圧殻は無事だった。さすがは帝都タングステン様。そしてその中に納まっている私もニューロコンピュータも表面上は無事。
だが、どうやら艇体の大半は失われたらしい。センサーのほとんどが機能不全。外界の様子はさっぱり不明だ。
なんとか生き残った外部センサの数字を信じる限り、私の現在地は海面下およそ2880メートル。
間違いなく、海の底、だ。
それから、時間をかけて慎重にニューロコンピュータを再起動したが、状況はさっぱり改善しなかった。外部センサーはほとんど機能せず、機関部は存在すら不明。
多分、私を包む丈夫な耐圧殻だけが単独でゴロンと海の底に転がっているのだろう。
だとすれば、自力での脱出は不可能。
ええと。
私は、潜水艇のパイロットになるために受けた過去のレクチャーをゆっくりと思い出してみる。
防衛軍の持つ救難艦〈ちよだ〉の
長谷川君のTM101は、もちろんここまで潜れはするが、ドッキングのための装備を持たない。せいぜい、周りをぐるぐるうろつくくらい。
仮にマニピュレータで引っ掛けたとしても、この耐圧殻の重さは浮力を差し引いてなお4トン以上もある。とても持ち上げられない。
唯一の望みは、まさにこのために作られた〈ろっこう〉の特殊救難カプセルなのだが、今頃は多分、ここから二十キロほど沖の海底に、多くの同僚と共に眠っていることだろう。
さよならみんな。いや、またすぐ会いましょう、か?
空腹が耐え難いレベルまできたところで、私は悩むのを一時放棄してほとんど一日ぶりの食事に取り掛かる。
まるで宇宙食のような真空パッケージに懐かしさを感じながら、そういえば、昔こんな遭難の記録をどこかで読んだなあとぼんやり思う。あれは何の話だったっけ?
確か、主人公は女で、宇宙服を着たままでシャワーが浴びられないとグチっていたような…。
「あれ?」
何かが頭に引っかかる。
「うむむむ」
思い出した!
〈がるでぃおん〉のオーナー、異星人の遺跡を見つけた女性ジャーナリストのエッセイだ。
無事思い出したところで、むしろ違和感はさらに強くなる。
「なんだろう?」
私はチキンをぱくつくのをやめて真剣に違和感の正体を探る。
あのジャーナリスト、名前は何だったっけ。確か…。
「鷹野薫!」
だが、なぜかその名前とともに思い出したのは月曜日にあったばかりのあのメディア記者の笑顔。名前は中野さん…。あれ?
なかのさおり。そして、たかのかおり。なんとなく語呂が似てはいないだろうか。偶然の一致にしては似すぎてないか?
何度も口に出すうちにますますそんな気がしてきた。
しかも、鷹野薫のビジネスパートナーの名前はKumi。久美子さん!
「ビンゴだ!」
私は思わず叫び声を上げ、体を起こそうとしてコクピットの天井に思い切り頭をぶつけてうずくまる。
「痛い」
半分涙目でつぶやきながら、私の頭の中はハテナで一杯だった。なぜ鷹野さんは偽名で私に接近したのか?
謎は解けるどころか余計に増えた。
私は食べかけのチキンのパックをじっと見つめ、少し考え、ジッパーを閉じて冷蔵ラックに戻す。
「長生きしてやる!」
そう決心する。必ず救助は来る。そう信じて、少しでも長く生き抜くことを強く心に刻む。
そしてもう一度彼女に会おう。そして、直接本人から謎の答えを聞いてやるんだ。
そう思いながら、私はいつの間にか眠りに落ちた。
---To be continued---
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