プレ・ドライブ
凍龍(とうりゅう)
第一部 〜我を捕らえよ!〜 異星船捕獲作戦
湊《みなと》
通関書類の受領に手間どり、
準備に万全を期すつもりなら、今回の
一人で宇宙船を飛ばすフリーの運び屋というのがその稼業だ。
フリーである以上、NaRDO所属の船とは違って、ただ港に浮かべておくだけでも入港税に停泊料、おまけに桟橋のチャージ料なんて理不尽な経費まで秒単位で徴収される。
そんなわけで、目当ての荷物を積みこんだら、最速の離脱時間枠をゲットして、一秒でも早く港を出るのが彼の習い性になっていた。
湊はパイロットシートにどさりと腰をおろし、メインディスプレイのはしっこにポップしている燃料の補給完了メッセージを確認して舌打ちをした。
「くそ、また値上がりしてる」
ここ数年、フリーで船を飛ばすライバルは明らかに減った。
太陽系の資源開発は、ここ数年で大手の独占が急速に進んでいる。
前世紀から続く地球温暖化。それによる海面上昇と熱帯化により、赤道に近い途上国は人の住める国土を急速に失いつつあった。国家滅亡を恐れる途上国は先進国と激しく対立し、世界大戦にまで発展した戦いは結局先進国連合の圧倒的勝利に終わった。
だが、それ以来、火星のテラフォーミングと人類の移住は人類全体の最優先課題となり、各国は莫大な予算を宇宙開発に投じはじめた。
一方で急激な
さいわい、湊は自前の船を持つおかげでかろうじて採算ラインを割らずに済んでいるが、それだっていつまで続くか判らない。無駄な出費は1
湊はチェックリストの大半をすっ飛ばし、いきなり
その一方、出港時のチェックリスト確認はいわば儀式だ。省略しても誰も困らない。もちろん宇宙船舶運航法には違反するのだが、
「要は、つまらない事故を起こさなければいいだけのこと」
そう屁理屈をつけるとタッチパネルに触れ、マグネットアンカーの通電を切る。
ゴトンというショックと共にアンカーは桟橋を離れ、船体に自動収納された。
格納扉のラッチが作動するかすかな振動に続いて完了メッセージが表示された。湊はそれを視界の隅にとらえ、サイドスラスターを軽くひと吹かしする。
メインエンジンの
桟橋から十分に離れたところを見計らい、三基のメインエンジンに順番に火をいれる。船尾からターボの始動するキュィーンという音と共にかすかな振動が伝わってきたが、出力が安定すると共に揺れは収まり、耳に心地よい低音のハーモニーに変化した。
湊はスロットルから右手にフィードバックされるわずかな感触でエンジンの調子をはかり、船尾の横滑りをサイドスラスターペダルの一蹴りでぴたりとおさめる。
「悪くない」
湊は小さく頷き、ウェルカムゲートが開くのに合わせて船を這うような速度でゆっくりと前進させる。。
「これまでよりレスポンスも良くなっているな」
そうつぶやいた所で
『こちらサンライズ5コントロール。船籍番号JASS-70-12-48、高速型貨物輸送船アローラム号、間もなくオンタイムです。ご準備はよろしいですか?』
「いつでも出られる」
湊は短く答えながら昨夜の記憶を呼び起こす。
確か、運び屋仲間に巻き込まれるようにして一緒に飲んだオペレーター娘の中に、彼女の姿もあった気がする。
だが、ディスプレイに映し出された明るい表情にも声の調子にもその名残はみじんもない。さすがはプロ、お見事な肝臓だ。
『アローラム号、タキシングゾーンBへの進入を許可します』
手元に一瞬だけ視線を落とした彼女は、カメラ目線でにっこりと微笑んだ。カールした明るい茶色の前髪がかすかに揺れ、あでやかな表情を一層引き立てる。
彼女達オペレータはスペースコロニーへの出入りで
もちろん、男性のオペレーターもいないわけではない。
だが、宙航士の男女比率がいまだ極端に男にかたよっているため、オペレータに採用されるのは圧倒的に女性が多い。
長期間の無味乾燥で孤独な航海の末、久しぶりに目にする異性のためか、宙航士の仲間うちで彼女らの人気は高い。現に、既婚の宙航士の半数近くは元オペレータが伴侶だという。
一方、彼女達も宙航士との短い会話のチャンスを精一杯に生かし、大手エアラインのエリートを射止めようと火花を散らしている、らしい。
そんな訳で、湊のような弱小フリーの宙航士にまで笑顔を向ける余裕のある若手オペレーターは多くない。
いや、ほとんどいない。
だが、モニターに映るやわらかい表情を見る限り、彼女はそんな少数派に属している可能性が高い。
「今度、また飲みに行かないか? 今度は二人っきりで」
笑顔に惹かれてついつい口ばしる。
『アローラム、出港を許可します。ゲート開放はコールアウト以後二八〇秒間。グリーンの誘導ラインに従って速やかにゲートを抜けてください。それでは、トロイスまでいい航海を。コールアウトGMT一四一〇コンマ〇八〇〇、オーヴァ』
彼女は最後に小さくベーっと舌を出し、それきり回線はシャットアウトされた。
後には見慣れた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます