Pre Drive
異星船が私たち人類に贈ったギフト、大量の先進異星技術は太陽圏に大旋風を巻き起こした。
私が入院していた半年間だけでも、解読され、実用化のメドがついた技術資料は数十に及ぶ。
辻本司令とNaRDOはそれらをすべて無償で公開し、データベースの保護、解読のために作られた
中でも、超小型核融合炉技術が確立した事は大きかった。
ほんの数年で地球上をはじめ太陽系中のエネルギー事情は劇的に改善した。
火星全球テラフォーミング計画と、それとセットの地球再生計画「プロジェクト・ノアズアーク」は、懸案だったエネルギー問題が一気に解決したことで大きな前進が約束された。
宇宙機の分野も例外ではなく、これまで使われていた化学燃料やプラズマジェットによる推進方式はまたたく間に過去の遺物となり、瞬間的な大出力を要求されるタグボートのような小型船以外、ほとんどの新造船は軒並み核融合エンジンを搭載する事になった。今やベストセラー機として太陽圏中で運用されているアローラムタイプも例外ではなく、旧型エンジンの換装、ニューバージョンの発売で宇宙機業界はこれまでにないほど激しく沸き返っている。
義父の会社、ファインセラムはもともと持っていた超耐熱技術を武器にエンジン大手のエルフガンドと共同開発に取り組み、太陽圏で最初に小型核融合エンジンの量産に目処をつけた。
エルフガンドと言えば自主独立の気質が強く、今回の業務提携には内部に反対意見も多かったらしい。ただ、最終的に火星のアズプール推進研の意向が強く反映され、共同開発にゴーサインが出たという。
結果的に開発は大成功し、ファインセラム、エルフガンド共に業界内のシェアを大きく押し上げる結果となった。
日岡さん、いや、今やエルフガンド・ユーロ推進研の若き所長として辣腕を振るう彼女の存在は大きくクローズアップされ、その後しばらくメディアを賑わせた。
一方、異星船に関わったおかげで一時大きく持ち出しだったファインセラムの懐事情も劇的に改善し、そのおこぼれでベンチャー的な新規事業にも潤沢な予算が付けられるようになった。
リハビリを兼ね、部下も上司もいない新設の第7プロジェクト室に所属することになり、とにかく何でもいいからやってみろと言われた私は、手始めに木星資源の採掘を名目にTM102の量産を会社に具申、最終的にニューロAI搭載型の無人特殊作業艇として販売されることになった。あの非人間的居住空間に生身の搭乗員を乗せることはお勧めできなかったけど、無人艇に落ち着いて、まあ良かったと思う。
既に潜行実績のある金星や木星の資源探査をはじめ、極限環境惑星の開発には持ってこいだと言うことで、ヤトゥーガコンツェルンなき後、ぽっかり空いた太陽系開発のビジネスチャンスを狙って雨後の竹の子のように生まれた各国の宇宙開発企業から大量に発注され、今やファインセラムのベストセラーモデルの一つになりつつある。
また、私は義父に請われてアルディオーネの管理も引き継ぐ事になった。
アルディオーネはGドライブ推進という、いまだ人類にはオープンにされていない特殊な推進機関を持つ。
それ以外にも、太古の超AIシータやデジタル陶子さんの存在など、大っぴらにできない秘密で満載の船だけに、うかつに第三者に引き渡すわけには行かなかったからだ。
私自身、アルディオーネから離れるなんて事は意識の片隅にものぼらなかった。
結局、私が船長代理として、ほぼ全面改修と言ってもいい大修理にも最初から最後まで立ち会った。
結果的にアルディオーネの自室にほぼ住み込んでしまうことになった私は、この状況を有効活用する手段として、地球~木星航路を往復するヘリウム3タンカーの母船として運用することを認めてもらった。タンカー運用のために新たに運輸業の免許が必要になり、義父とも色々検討したあげく、小さな社内ベンチャーも立ち上げた。
タンカーというのは最低限の推進機能を付けた一種のガス風船だが、それでも一応は宇宙船ではあるので操縦のためには乗務員が必要になる。
私は、この部分をすべて無人の遠隔操縦とし、複数のタンカーを一度に制御、列車のように一列縦隊で航行させる”タンカートレイン方式”を考案し、木星と地球の間に実験的な航路を開設した。
数十隻の制御をすべてまかなうのには膨大な演算能力が必要だ。でも、元々戦艦数隻分の処理能力を持つアルディオーネに加え、何より私自身が一時期宇宙機そのものだったのだ。宇宙機の振る舞いなら多分、太陽圏で誰かさんに次いで二番目に詳しい自負がある。
長い入院のついでに、情報伝達速度を飛躍的に向上した第三世代MMインターフェースを手に入れる事に成功した私は、シータという超AIの能力も合わせてフル活用、たった一人で膨大な量のヘリウム3を定期的に地球に運ぶことに成功した。
結果、社内ベンチャーにはとても使い切れないほどの大きな利益がいっぺんに転がり込んできた。
核融合技術の広がりでヘリウム3の需要が急速に高まっていた所だったし、とにかく人件費や乗務員の生命維持に金がかからないからだ。
義父と相談し、ファインセラムから独立した企業、アズミ・トランスポートを立ち上げた私は、得られた利益の大半を突っ込んでファインセラムが量産をはじめたばかりのタンカーを全数買い取り、数百隻のタンカーを連ねたタンカートレインの運用事業を本格的に開始することになった。
全長で百キロメートルにも及ぶタンカーの隊列が名物となり、地球側の備蓄基地に接岸する度に見物のためのチャーター船が出るようになったあたりでさすがに競合他社が参入してきたけど、やはり輸送コストの問題が解決できないようで、今のところアズミの独壇場は崩れていない。
以来、私はただひたすら木星と地球の間を往復した。
二年ほどしてある程度お金が貯まったところで、なかば遺棄されて廃墟になっていた小惑星トロイスの利用権を買い取った私は、再整備して会社の本社機能と整備拠点をトロイスに移し、ファインセラムで試作機としての役目を終えたアルディオーネも格安で買い取り、正式にアズミ・トランスポートの持ち船にする事にも成功した。
“トロイスの魔女”
急成長するアズミ・トランスポートをたった一人で運営する正体不明の経営者として取材依頼が殺到するようになり、片っ端から断った結果、私は再びその通り名で呼ばれることが多くなった。
アズミに就職したいという腕に覚えのある宇宙船乗りからのエントリーシートもギガバイト単位で届くようになったけど、私はどんなに優秀な船乗りだろうと、誰一人採用しなかった。
いずれ私は異星船との約束を果たさなくてはいけない、その時、必要なのは私の他にはたった一人で十分だからだ。
そう、異星船はシータ経由で私たちに何度も真摯なオファーを出してくれた。
彼らは始祖のメッセージ回収に際して文字通り命を賭けた私たち二人に限りない感謝の言葉を並べ、始祖を追い求める自らの旅路に私たちの同行を強く望んだ。
始祖の忘れがたみであるシータは即座に同行を望み、自らのコピーを「彼ら」の一員として参加させた。
陶子さんもまた、シータと共に自分の分身を異星船に乗り組ませた。
でも、私はそれを断った。
今さら彼を置いてどこかに行こうという気持ちはない。彼に張り合おうという幼い対抗心もいつの間にかなくなった。
もし、私が再び冒険に乗り出す時があるとすれば、それは彼と共に、彼と同じ目標に向かう時だと決めている。
異星船の「彼ら」はかなり残念がったけれど、私の意思がどこまでも揺るがないのを確認すると、私たちだけに向けたいくつかのプライベートな
私たちが再び揃ってアルディオーネを駆る日を待っているのは彼らばかりではない。
でも、今はもう少しだけ、
「よー、元気でやってる?」
展望室の扉が開くと同時に、ソファでくつろいでいた人影がさっと立ち上がり陽気に声をかけてきた。
「はい、鷹野さんもお元気で」
「ほらー、またそう言う。今は”茅野”だってば」
「あ」
私は赤面し、小さく咳払いしてあらてめて仕切り直す。
「すいません。お久しぶりです、茅野さん」
「むー、香帆ちゃんはやっぱりもう少し世間に出るべきだよ。自分の中で時間が止まったままになっているでしょう?」
鷹野さん改め茅野さんは、そう言って眉をしかめる。
「もう、あれから三年だよ」
「すいません、わかってはいるんだけど、やっぱり人の多いところはまだ苦手で」
TM102との感覚融合の副作用で人格や五感が混乱していた私は、一時期完全な廃人状態になった。
なじみの医療技官が懸命に尽くしてくれたおかげでゆっくりとヒトとしてのアイデンティティを取り戻すことはできたものの、以前のような他人との自然なやり取りはまだ出来ない。見知らぬ他人との交流はいまだにほぼ壊滅状態だ。
「まあ、確かにあの頃の香帆ちゃんはちょっとヤバかったしね」
そうからかわれて恥ずかしさに頬が火照る。
まったく否定できない。
鷹野さんにオオカミ少女と呼ばれた時期だ。普通に街を歩くことはおろか、服を着たり、食事をする事すらもおぼつかなかったのだ。
それに、誰とも心を通わせる事が出来なかった。
MMインターフェースで即座に意思を通じあわせることのできる環境に慣れきってしまい、何を考えているのかわからない普通の人すべてが怖かったのだ。
「彼の事もあったからね」
私は唇を噛んで無言で頷いた。その様子を覗き込むように凝視していた茅野さんは、ふと表情を緩めて、私の頭をポンと撫でた。
「良く頑張ったよ。香帆はいい子だ」
その言葉に思わず目頭が熱くなった。
人類が宇宙空間に進出するようになって最も進歩を遂げた学問の一つが放射線医学だ。
深刻な宇宙放射線から人の身体をどう守るのか。勇気ある歴代の宇宙飛行士達の献身的な協力と、人体実験にも似た様々な取り組みの末、人の身体はどうやっても放射線に耐性を持ち得ないという結論に落ち着いた。
太陽や木星、その他様々な放射線源から放たれる強力な量子ビームは容易に細胞を貫通し、DNAや細胞組織に原子レベルの穴をあける。
DNAが大きく傷ついた場合、細胞は増殖機能を失う。日々発生する細胞レベルの身体の損傷、例えば、皮膚がアカとなって剥がれ落ちたり、胃の壁が胃酸で侵されたり、そんな、ほんのささいな傷でもそれを補う事が出来ず、微細な出血が全身の内外に広がっていずれ失血死する。水の入ったポリ袋をぞんざいに扱っているうちに傷だらけ、穴だらけになって水がしみ出してくるようなものだ。
もっと激しく、細胞内の各器官、例えばミトコンドリアであるとか、リボソームであるとか、それぞれの器官が障害を受けると、細胞そのものが機能停止に陥り、それが全身に及ぶといずれ本体も死に至る。
大量の放射線を浴びた身体は、言ってしまえば極細の錐で全身を滅多刺しにされたのと同じ状態だという。速やかに傷を塞ぎ、流れ出た体液を補い、失われた機能を回復する以外に助かる方法はない。
あの日、シータによって強制的に木星周回軌道に持ち上げられたアルディオーネは、すぐに支援船に拾われた。もう湊には重篤な急性症状がでている状態で、意識不明のまま治療タンクに入れられた。
数分を置かず、船医の判断ですぐにに大量の濃厚赤血球が輸液された。失血を補い、全身の細胞の過半数を占める赤血球を速やかに正常な細胞と置き換えるためだ。
同時にAI制御された一億数千万台のナノマシンが投入され、放射線があけた原子レベルの欠損をひとつひとつ解析し、埋めていく作業が始まった。
これが、後から聞かされた当時の状況。
私のために湊がアルディオーネを操ったのはまさにこの作業が始まらんとしているタイミングだったらしい。
だが、人間の細胞は全部で四十兆個近くもある。単純計算で、仮にすべてのナノマシンが一分間隔で順調に細胞を補修していったとしても、すべての補修が終わるには一年近くかかる。それまで命が持てば…だが。
湊の場合、実際に治療中何度も心臓が止まった。
その都度救命措置が行われ、致命的な状態になる前に持ち直すことは出来たものの、あれ以来最近までずっと意識不明のままだった。入院期間はゆうに三年を越えた。
「船医もサンライズの医療チームも、全力を尽くしたと思うよ」
私はその言葉に頷いた。その事を疑ったこと一度もはない。私自身、しばらくナノマシン治療を受けたのだ。彼らの必死の努力は自分の目でちゃんと見ている。
ナノマシンは何人もの救命医のリレーで二十四時間監視を受けながら細かく調整され、最初は急性症状を、次に各内臓の機能をひとつひとつ回復させていく。
DNA損傷が修復された細胞は何度もサンプリング調査され、発がん性など将来的な異常なしと見なされるまで徹底的に検証と再修復が行われる。
正常な細胞が大半を占めるようになると、いずれ症状は治まり、自身の自己複製能力によりゆっくり回復に向かっていく。
ただし、例外もある。
脳細胞や心筋細胞は生まれた瞬間にその総量が決まり、それ以上細胞分裂しないと言われている。
宇宙放射線はそんな貴重な細胞も他の細胞と同じように容赦なく破壊するのだ。
他のほとんどの臓器であれば、細胞分裂により生まれた新たな細胞が欠けた細胞の働きを代替し、衰えた臓器の機能を補うようになる。だが、心臓と脳だけはその方法では修復できない。周りの細胞の情報を元に新たな細胞を人工的に複製し、傷ついた細胞を置き換える、再構成と呼ばれる方法しかない。
心臓についてはそれでもほとんど問題は生じない。むしろ新しい細胞に置き換わったことで活力を取り戻し、心機能が劇的に改善することすらあると聞く。だが、脳だけはそうならない。
「記憶のメカニズムについては現代医学でも十分に解明されていないわ。一般的には常に変化し続けるシナプスの結合が記憶を蓄えているという説が有力だけど、欠けた神経細胞がどのように記憶に関わっているかは不明で、たとえ細胞を完全に修復し、シナプス結合を寸分違わず元通りつなぎ直しても、記憶が完全に元に戻ることはない」
「はい、説明を受けました。私も一部の記憶が何日か巻き戻ってましたから」
ナノマシンによる放射線被曝治療を受けた人間には、“記憶の巻き戻し”と呼ばれる現象が起きる。
もちろん、修復の度合いやその部位によってどの程度の記憶がどのくらい巻き戻されてしまうかは人によって異なる。
元々の記憶を完全に失ってしまうこともあれば、ほんの数日分の記憶喪失で済むこともあるらしい。特定の一分野だけすっぽり完全に忘れてしまう場合や、モザイク状にある記憶は三日分、ある記憶は一生分という風に記憶が失われるケースもあると言う。
「じゃあ、いいかな?」
私は再び無言で頷いた。今回の茅野さんの訪問は、私にその事を伝えるためのものだ。聞かないわけにはいかない。
「湊くんの場合、今回の木星放射線被曝以前から、長期にわたる宇宙生活の代償として多量の宇宙放射線を浴びていた。だから、巻き戻しで修復しなければいけない神経細胞やシナプスの総量はかなり多かった」
「はい」
「生命活動に影響を与えかねない脳障害の箇所も多かった。まあ、今だから言えるけど、良く無事に生きて戻ったと思うよ」
確かに。その通りだと私も思う。
「治療の邪魔になるってことでMMインターフェースも除去しないわけにいかなかった。いくら馴染んでいても、脳からしてみればやっぱり異物には違いないしね」
私は無言でうなずく。今の彼とは以前のように心を通じあわせることができない。言葉なしには彼の気持ちはまったくわからない。
「じゃあ本題」
私は唇を噛み、茅野さんの言葉を待つ。
「彼が意識を取り戻した時の状況はこの前伝えた通りね。それからすぐ精密検査が行われたわ」
「はい」
「湊くんの場合、幸いにして極端なモザイク健忘や分野健忘は起きていないけど、平均で八年、つまり……」
覚悟はしていた。でも、涙が溢れるのを抑えることはできなかった。
「…私と出会ってからの記憶は」
茅野さんは厳粛な表情で頷いた。
「残念ながら、すべて失われていたわ」
周りの音がすっと聞こえなくなった。体中の力が抜けて、まともに立っていられなくなった。
「香帆ちゃん!」
茅野さんに支えられてソファに崩れ込むように座り込み、私は何度も深呼吸を繰り返した。
判っていた。その可能性が高いことは何度も聞かされていた。でも…。
「大丈夫です。でも…」
溢れた涙が頬を伝う。
「ごめんなさい。少しだけ、一人にして下さい」
※※※
待合室に入ると、居並ぶ全員が私を見てぎょっとした表情を浮かべた。
「あ、ええ? 香帆ちゃん、だよね?」
一番驚いたのは茅野さんだった。それだけじゃない。いつも軽口の絶えない辻本司令までもが言葉を失って目を丸くしている。
それもそうだ。つい先日会ったばかりの人間がいきなり別人の顔で現れて驚かない人はいないだろう。
私は髪を湊と出会う前のショートボブに戻し、まぶたを二重に整形した。
それだけじゃない。顎の骨を削り、鼻筋も少し弄った。
とどめに、遺伝子整形で瞳の色すらも変えた。
両親にもらった容姿を変えることに抵抗がなかった訳じゃないけど、これは私にとって絶対に必要な儀式だったのだ。
「もしかして、香帆ちゃん…」
やはり美和さんをよく知る日岡さんは気付いたらしい。
私の中に湊が見ていたであろう美和さんの面影を、私はすべて消し去った。髪の長さも、瞳の色も。
古い資料をひっくり返し、十数年前のエルフガンドの社内報で美和さんの顔写真をようやく発見した時、私は彼が私の中に何を見ていたのか、なんとなく判った気がした。
キリッとした勝ち気そうな眉毛、長い黒髪、黒目がちの瞳、少しだけ張ったほほ骨、そして、ツンと通った鼻。全体のバランスは遥かに美和さんの方が上だし、一見すると明らかに別人なんだけど、ひとつひとつのパーツだけ見てみると、どことなく私に似た面影がある。
それが、呪いの正体。
ふとした瞬間に、忘れたはずの、忘れたいはずの故人の記憶が不意によみがえり、抜けないトゲのように心を刺す。多分、彼は自分でもなぜなのか判っていなかったのだと思う。
もし私の想像が正しいとすれば、私と一緒にいる限り、この呪いは永久に解けない。
でも。
陶子さんにけしかけられたからじゃない。何ヶ月もかけて一人でじっくり考えた。やっぱり、私は彼から絶対に離れたくない。
これが私なりの答え。
たとえ結果がどう出ようと、もう二度と後悔はしない。そう心に決めた。
困惑した表情を浮かべ、お互いの顔を見合わせる一同を晴れ晴れと見渡して、私は高らかに宣言した。
「さあ、そろそろ行きましょう!」
そう、私はもう一度、彼との出会いを一番最初からやり直すのだ。
湊のいる病室は病院の最上階にたった一つだけある個室だった。VIPルームというほど豪華ではないけど、犯罪の重要な証人や有名人など、一般の目に触れては困る特殊な患者にあてられる部屋だという。
通用口からしかアクセス出来ず、もちろんエレベーターも別。一般の来院者は患者も含めアクセスできない特殊な一角で、彼は私たちを待っていた。
私はドアの前で私は小さく深呼吸し、振り向いて後ろに居並ぶ関係者を確認する。誰もが息をひそめ、目が合ったところで辻本司令が小さく頷いた。
私も小さく頷きを返し、改めてドアに向き直るとタッチパネルに手をかけた。
扉が音もなく滑る。
背もたれを起こしたベッドに横たわっていた人影が来客に気付いてこちらに顔を向ける。
「こんにちは」
そう呼びかけた私に、彼は少しだけ目を見開き不思議そうな顔をした後、あの懐かしい優しい微笑みを返す。
「どうも。あの、あれ? 君、以前どこかでお会いしましたよね」
息が止まるかと思った。
記憶が戻ったのかと一瞬思い、すぐに理性がそれを否定する。私の顔は、今やほとんど別人のそれだ。それなのに、なぜ?
「安曇香帆君だ。ここ数年、君の専任ナビゲーターをつとめてくれていた女性だ。木星潜航艇の開発者でパイロット、それに現在大躍進中のアズミ・トランスポートの代表者でもある」
驚きの余り言葉が出ない私の代わりに、辻本司令が進み出て簡単に私を紹介する。
「そうですか。ごめんな。俺は記憶を失っているらしくて。君の事は全然覚えていないんだ」
そう言いながら申し訳なさそうに右手を差し出す彼。
「…でも、変だなあ、絶対どこかで会ったことあるはずなんだけど」
私はこみ上げてくる涙を必死でこらえ、無理矢理笑顔をつくった。
「よろしくお願いします。また、一緒に仕事ができるととっても嬉しいです」
差し出された右手をしっかりと握りしめ、私はさらに一歩、彼に向かって歩み寄った。
---I'd like to meet you again soon.---
プレ・ドライブ 凍龍(とうりゅう) @freezing-dragon
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