ライトスタッフ?
「遠いところまで良く来てくれた。それに、災難だったな」
ドックのエプロンには、先ほどの無線の相手、辻本基地司令がみずから出迎えていた。
「お久し振りです。相変わらずお元気そうですね」
湊はそう応じながら右手を差し出す。
その手を両手で力強くがしっと握りしめるとぶんぶんと振り回す辻本。
「しばらく会わないうちに相当腕を上げたな。さっきの強制着床は見物だったよ」
「あはは、まあ、必要に迫られて仕方なく…」
辻本の微妙なほめ言葉に、湊も複雑な苦笑いで答える。
その視線の先では、胴体着陸してつんのめったままのアローラムに、グランドクルーの手によって吊り下げ用のワイヤーが取り付けられようとしていた。
「ところで、校長、いえ、司令はなんでトロイスなんかに?」
「ああ、そのあたり積もる話があるんだが…それよりも」
言いながら辻本は湊の後ろにいた香帆を手招きした。
「今さら紹介の必要はないよな。君同様、今回、NaRDOの嘱託として来てもらった徳留君だ」
「はぁ!?」
湊の目が驚きでまんまるに見開かれる。
「しまった! 忘れてた!」
いかにもしくじったといった表情で口をおさえた香帆は、小惑星の衝突騒ぎで完全に頭から消え去っていた重要事項を今さらながら思い出す。
「何だ 何も聞いていなかったのか? 船内で折を見て話すように言っといたんだけどな」
辻本は額に冷や汗を浮かべた香帆が必死でアイコンタクトを取ろうとしているのを平然と無視すると、のほほんとした口調で湊に問いかけた。
「どういう事だ?」
当初の驚きがおさまり、気がつくと湊は見るからにむっとした表情を浮かべている。
「あ、あのね、別に隠してた訳じゃないんだけど…実は私…」
「なんだ、グルかよ」
うろたえる香帆。
湊はそれ以上彼女の話を聞こうともせず、その場にくるりと背中を向けた。
「あの~、先輩ちょっと待って!」
引き留めても無駄だった。靴音も高らかにあっという間にエアロック内扉の向こうに消えてしまう。
その背中に手を伸ばそうとした香帆は、がっくりとその場に崩れ落ちた。
「あちゃ、相変わらず気難しい奴だなあ。ま、予想された反応ではあるけども~」
司令はその姿を眺めながら苦笑した。
「辻本司令!笑い事じゃないですよ。私、どうしたらいいんですかぁ!」
再び憤然と立ち上がると、辻本に詰め寄る香帆。
「密航者のふりをして無理にでも乗り込んでしまえって私に入れ知恵したのは司令です。助けて下さい!」
「でもな、そうでもして強引に乗り込まないとあいつは絶対に他人を乗せないからな」
「だから嫌だって言ったのにー! 実際死ぬかと思ったし!」
頬を膨らませて辻本をなじる。
「ちゃんと筋を通して頼めばよかったでしょ!」
「だから、そんな事したら確実に断られているって。あいつは自分自身も、自分の設計した船も信用してない。まわりが評価してるほど。そして他人の命を預かれるほどには、な」
辻本はそう、独り言のようにつぶやいた。
「え?」
香帆はその言葉に思わず耳を疑った。
エアロックの騒がしさがすっと遠ざかり、急に周りの気温が数度下がった気がした。
「でも、結局、密航者扱いせずにクルーにも入れてくれたし…意外と優しかったし」
「ぱっと見は人あたりがよく見えるが、あれは仮面だ。俺も長い付き合いだが、あいつの口から本音が出たのを聞いたことはないんだ」
そのまま香帆に背を向けてため息をつく辻本。
「三年ほど前になるかな。湊はテストパイロットだった婚約者を亡くしたんだ。自分の設計した船の評価試験中に、よりによって自分の目の前で、ね」
「え…」
「もちろんあいつのミスなんかじゃない。予想外の不幸なエンジントラブルでね、臨界出力に達した瞬間にエンジンが暴発したんだそうだよ」
「…うそ」
「それ以来、あいつは自分の設計技術をみずから封印した。そのうちに会社も辞めた。あいつがあんな気むずかしい人間になったのはそのあたりからだな」
「あんなすごい船を造れるのに?」
「そう。実際、退職のうわさを聞きつけた大手船舶メーカーや各国の軍需関係からとんでもない高条件で熱心に誘われたらしい」
そう言いながらあごに手を添え、小さく首をひねる。
「まあ、熱心と言うよりほとんど拉致まがいの勧誘もあったらしいね。君も知っての通り、あいつの専門は小型の特殊船舶だが、設計思想はどっちかっていうと戦闘用機動艇のそれに近いからねえ」
「そんなことされたら…私だったら」
唇をかみしめる香帆。
「まあ、普通、そこまでされたら人間不信になるよね。で、色々あって私の宙航士訓練校に飛び込んできた。どうしても船の操縦を覚えたいからってね」
「え? 先輩って最初から操船免許持っていた訳じゃないんですか?」
「いや、それまでは遊覧用のヨットすら操縦したことないって言ってたなあ」
昔を思い出すように斜め上を見上げて遠い目をする辻本。
「それはもう熱心だったよ。本来、うちはNaRDOの委託を受けた人間しか受け入れないんだが、あの熱意にほだされてねぇ」
「そんなこと…何も話してくれなかったし…」
香帆は話を聞くうちにいたたまれなくなった。
この二週間、そうと知らずにずいぶん無神経な物言いをしてきた自分に気付いたからだ。
「でもな、今回の緊急事態をなんとかこなせそうな民間の超高機動艇っていったら、日本中探して結局二隻しかなかったんだ。湊には悪いけどこればっかりは譲れない」
辻本は向き直ってその点を強調した。
「一隻はもちろんアローラム、もう一隻はジャーナリストの持ち船だ。なんせ事が極秘だけに報道関係者にうかつに声はかけられないしな」
「あ、『がるでぃおん』の事ですよね?」
「知ってるか? 実はあれも、あいつが辞める前に設計を手がけた船らしいんだよ」
「…はい、前に調べました」
『がるでぃおん』はこの業界ではかなり名の通った船だ。
個人名義の船としてはおそらく太陽系一の高性能艇ともうわさされている。数年前、火星軌道近くで宇宙人の遺跡らしき構造物を発見したあの有名な女性ジャーナリストの愛機だ。
あの真っ白な船体と優美な曲線は、確かにアローラムに似ているとも言えなくない。
香帆はネットニュースで何度も目にした『がるでぃおん』の勇姿を思い浮かべ、あらためて納得してうなずいた。
「まあ、奴もバカじゃないって。理由を話せばきっと判ってくれるよ」
「理由って言ったって私だってほとんど何も知らされてませんけど」
「じゃあ君の思うとおり話せばいい」
「え、もしかして、先輩を説得する役目はやっぱり…?」
「そう、もちろん君!」
指さしながらそう言い放つと、辻本は半泣きの表情を浮かべた香帆を無視し、のんびりと腕時計に目を落す。
「じゃあ、三十分後に第三会議室でブリーフィングだ。アローラムも大至急で修理、改修しなくちゃならんし、その後の打ち合わせもしておきたい。詳しい話はその時にするから、うまく言いくるめて連れてきてくれよな」
ほわーんとした口調でずいぶん無茶なことを言う。
「そんな薄情な…」
すがるように口走る香帆。だが辻本はにっこり笑って背中を向けると、そのまますたすたと管理棟の方に歩み去ってしまった。
「どうしよう…」
人気のなくなった連絡通路で、香帆は一人途方に暮れた。
基地中を走り回った香帆がようやく湊を見つけたのは、人気の無いカフェスペースの端にある小さな展望窓の前だった。
「はあ、はあ、先輩!」
息を弾ませ、膝に両手をついて息を整えながら呼びかける。だが、湊はその声を完全に無視してディスポタイプの低重力マグを抱えたまま外を眺めている。
「先輩、お願いですから話を聞いてくださいよっ!」
香帆の声にもまったく反応する気配がない。
「ごめんなさい! 黙っていたことはこの通り謝ります。でも、ちゃんと理由があるんです。聞いてくださいよっ!」
「断る」
相変わらずそっぽを向いたままだが、ようやく反応を返した湊に香帆はチャンスとばかりたたみかける。
「どうしても大急ぎでトロイスに来たかったんです。辻本基地司令に呼び出されていて。でも、こんな場所、直行便はもちろんチャーター便もめったにありませんし、先輩は自分の船に絶対に他人を乗せないって話を聞いて、どうにかならないかって司令に相談したら…」
「そんな定期便も通っていない辺境に呼び出す方が悪いだろう。そもそもそんな無茶な要望なんて聞くことないんだよ」
「でも、私にとっては初めて外宇宙に出るチャンスだったんです。このチャンスを逃したら次に外宇宙に出るチャンスなんて学校卒業して、就職して、ずっと地球近傍航路で下積みがんばって、下手したら十年とかそのくらい先になっちゃいます。それじゃあ困るんです!」
「どうして? 外宇宙には見ての通り何もない。それこそ何億年も変化のない世界だ。なぜそんなに焦る必要がある?」
ようやく息を整えた香帆は深呼吸するとお腹に力を入れる。
「私、追いつきたい人がいるんです」
湊を見つめ、そう、思いを込めて告白する。
「とにかくすごい才能の持ち主で、私がいいなって思う宇宙船には調べてみるといつも関わっていたんです。その人」
思わず顔が赤くなる。
このセリフ、受け取り方によっては誤解されるのでは?
頭の片隅でそんなことを気にしている自分に気づいて余計に恥ずかしくなる。
一方、無言のまま相変わらずぼんやりと外を見たままの湊。
「いつか一緒に仕事できるといいなってずっと思ってたんですけど、でも、何年も前から行方不明で。その人が外宇宙航路に出没するって最近ネットのうわさで知って、これはもう自分で見つけ出すしかないかと思って…」
「ふうん」
湊はそう言ってマグの中身をぐいっと飲み干すと、緊張して身を固くする香帆に向き直る。
「…俺にも、そういう人がいたな。もう、皆死んじゃったけど」
そのままポンと香帆の頭に右手をのせる。。
「短気を起こして悪かった。でも、これ以上俺に隠し事はしないでくれ」
「はい、あの」
「見つかるといいな、そいつ。俺も気が合いそうだ」
そう言い残すと、遠い目をしたままマグをダストシュートに放り込んでスタスタと歩み去ってしまう。
「はい、でも? 先輩?」
首をひねる間もなく、香帆はまたもや一人取り残される。
「全然気がついてないとか? せっかく私が勇気を振り絞ったのに!」
だんだん腹が立ってきた。
「あの朴念仁! アホ!」
三十分後、時間ぎりぎりに現れた香帆は思いっきり不機嫌だった。
一方、湊は何で香帆が怒っているのかまるで見当がつかず困惑していた。
わざわざ機嫌を取るのもどうかと湊が悩んでいるうち、香帆のふくれっ面はどんどんひどくなる。お互い一言も話さないのに、次第にぴりぴりした険悪なムードになっていく。
「お~、そろってるな」
と、二人をこんな状態に追い込んだ張本人が、緊張した部屋の空気をまるで読まない能天気なセリフと共に現れた。
湊も香帆も精いっぱいの恨みをこめた視線をセリフの主にぶつけたが、辻本はそれには知らんふりで伴ってきた長身の女性にうなずきかけると、両手を広げて大きく笑った。
「さあ、そろそろ種明かしと行こうか!」
その言葉に、俯いていた女性が顔を上げた。
宇宙生活者には今どき珍しい背中までのロングヘア。
さらりと前髪をかき上げる優雅な仕草が香帆の目に強く印象づけられた。
知的で清楚。そんな言葉がぴったりくる。
(きれいー)
いかにも大人の女性という落ち着いた仕草に香帆は思わず見とれてしまう。
だが、その瞬間、相手の瞳は何かに驚いたように大きく見開かれた。
同じ瞬間、隣に座る湊の顔もわずかに引きつった。
香帆は二人のそんな表情の変化に気付いたが。だが、トンガリっぱなしの態度を今さらあらためて湊に尋ねるのはさすがにためらわれる。
(なんなのよ、もう!)
余計にむしゃくしゃしてしまう。
「石岡エルフガンド重工業から参りました。小型船舶設計部、チーフの日岡優子と申します」
そこで言葉を切ると、ためらいがちな笑顔を浮かべて、
「お久しぶりですね。湊・エアハート主任」
外見から想像するより低いアルトな声ではっきりと挨拶した。
「一体どういうつもりですか!司令!」
その瞬間、突然湊がキレた。
香帆が目を丸くしてぼう然と見つめる中、湊は座っていたイスを跳ね飛ばす勢いで猛然と立ち上がった。
「まあまあまあ、落ち着いて落ち着いて…」
だが、辻本はちっとも慌てない。
「どういうつもりなんです!? これほど念入りな悪ふざけをしかけて、司令、あなたは一体何が楽しいんですか?」
「そう言わずにまず説明を聞いてくれよー」
「俺はこれで失礼します。これ以上くだらない茶番に付きあっていられません!」
「いいから聞けって!!!」
湊を上回る大音声で辻本が雷を落とした。
昼行灯のいきなりの急変ぶりに、誰もが毒気を抜かれて目を丸くする。
「や~、悪かったな」
再びのほーんと言い放つと、急に真顔になると人さし指を顔の前で立て、真剣な口調で続けた。
「いいかい、すべてに明確な理由がある。確かにだまして呼び寄せたようでまったく申し訳ないが、とりあえず私の説明をすべて聞いてから判断してくれないか?」
しんと静まりかえる会議室。
ひょうひょうとした辻本にこれほどの威圧感があったのかと思えるほどのプレッシャーと真剣な表情。
湊もさすがに話だけは聞く気になったらしい。蹴り飛ばしたイスを自分で拾うと、ガタガタとばつが悪そうに座り込んだ。
そんな湊を見やりながら、辻本は両手をパンと大きく打ちあわせる。
「さーて、ここに集まってもらった君たちは、日本の造船業界のそれぞれの分野で若手の注目株とうわさされている人間ばかりだ。湊は船体設計、徳留君は航法システム、そして日岡君は高出力エンジンの開発だね」
「…なんだか、そのまま船が一隻できそうね」
日岡が答えた。
「ま、当たらずとも遠からずといった所だな」
辻本はまた元ののほほん調に戻ると、右手を振って隣室の係員に合図した。ゆっくりと照明が落とされ、続いて、静止画像が正面の大型スクリーンに映し出された。
「これは数年前に見つかった宇宙人の通信施設ではないかと言われている構造物だ。女性ジャーナリストが遭難・漂着した小惑星で偶然発見したものだが、かなり話題になったからみんなも知ってるだろ?」
三人とも無言でうなずいた。
当時は日本中、いや太陽圏全体が半年近くも連日その話題でもちきりだったのだ。
「ところで、この遺跡の扉に実はちょっとしたからくりがあったらしいんだな。我々が扉をこじ開けると同時に遺跡から特殊なパルス信号が太陽系外に向けて発信されていたらしい。人類の技術では検知不可能だったがね」
「何だかびっくり箱みたいですね」
香帆は何気なく思ったままを口に出した。
ところが、辻本はその言葉に我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「みたい…じゃなくてまさにそのものだったんだよ。その信号に応えて太陽系の最外縁、通称彗星の巣とも呼ばれているオールト雲の向こう側から、ひょっこりとんでもないものが顔を出した。だいたい一年ほど前のことらしい。それがこれだ」
画像が切り替わり、星空を背景に、ぼんやりと白く細長い物体の写真が映し出された。限界までデジタルズームされているらしく、画像は相当に荒く、しかもぼんやりとしている。
「ここの観測所にある一万二千ミリ光学系で昨日捉えたばかりの最新画像だ。ちょっと判りにくいんでコンピューター補正を加えてみたのが次の写真…ああ、これだ」
「あっ!」
画像が切り替わった瞬間、三人共思わず声を上げた。
明らかに人工物と思われる整った流線型。地球のデザインとはひどくかけ離れた形だが、細くくびれた船腹に、グラマラスにぐっとふくらんだ船尾とおぼしき部分が見て取れる。
「うっ!」
「まさか!」
「宇宙船?!」
「やっぱりそう見えるだろ?」
辻本はニヤリと笑みを浮かべるとそこで言葉を切り、三人のぽかんとあけた口を楽しそうに観賞しながらさらに続ける。
「おまけに、こいつは近ごろになって弱い極超短波信号を発信し始めた」
「えっ!」
「それまで誰も気付かずに見逃されていたのがそのおかげでようやく発見できたわけなんだが…」
「どこかの国の探査船かなにかじゃないですか?」
「違う!」
辻本は日岡の発した質問を即座に否定した。
「出している電波がまたふざけてるんだよー。英語、中国語、ロシア語、フランス語、ドイツ語、そして日本語の音声通信なんだ」
「…で、内容は?」
「内容はどの言語も同じ…〈我を捕えよ〉の一文だけ」
「は?」
三人の声がハモッた。
「それぞれの言語で順番に、同じ内容をきっちり30秒間隔で延々と繰り返している。該当する国の宇宙開発機関にも非公式に問い合わせをしてみたんだが、どこも口をそろえて、そんなものは知らないの一点張りなんだよ。ところが、だ」
言葉を切ると同時に新たな画像が次々に写しだされる。今度は極めて鮮明だ。
「あら、これ」
日岡がつぶやくように言った。
「そう、NASAの探査母船〈シルバーストリング〉だ。四週間前から任務未発表のままで太陽系外縁部に針路をとっている。さらに二日遅れてEU連合軍の調査船〈アトランティス〉、次いで北中国人民解放軍の軽巡洋艦〈瀑布〉、さらに遅れて先週末にはロシア軍のチャーターした特殊サルベージ船までもが出てきたよー」
「どうして?」
「さあ、どうしてかなー?」
にやりと笑う辻本。
「どれもみな、謎の宇宙船めがけて争うように猛スピードで航行中だ。しかもお互いに極秘で。さて、これがどういうことかわかるかな?」
辻本はそこまで言うと言葉を切り、三人の顔を均等に見渡した。
「争奪戦だ…な」
湊がぽつりとつぶやく。
「さすが、鋭いな」
辻本は大きくうなずいた。
「でも、それならそうと、どうして初めからちゃんと話してくれなかったんですか?」
「一応言っとくが、君らを信用していない訳じゃないぞー。万が一にも情報が他に漏れないように、だ。君達がそのためにここへ向かってることが明らかになってしまうと、妨害される恐れが多分にあった。いや、実際、間一髪だっただろ?」
「先輩! あの小惑星はやっぱり…」
息を飲む香帆に湊は無言でうなずいた。
「下手すりゃ殺されてたな」
「他はどこも軍産複合体が絡んでいるから、ライバルを蹴落とすためにはそのぐらいの裏技は平気で使うだろうね。ま、公式には認めやしないだろうが」
辻本らしからぬ、まじめな表情で湊の言葉を裏付ける。
「だが、うちは対抗して国防軍をおおっぴらに動かすことなんぞ不可能だ。そこで、最初に見つけたくせに、うかつにも出遅れた我々NaRDOは、この際思いきった方法をとることにしたんだ」
「それが私達ですか?」
日岡があきれたように問いかける。
「そう。少人数、しかも民間人を起用した徹底的な極秘計画。今からよそを出し抜くにはこれが一番成功率が高いと上は判断したんだな。政府の動きを極力隠し、相手を油断させる戦法だよ。こんな辺境の開発基地に本部を置き、あくまで個人の船にこだわったのもそのためなんだ」
辻本はそうぶち上げた。
「どうだ、協力してくれるか?」
「…ひどいですね」
湊がぽつりと言った。
「ここまでお膳立てがそろっているのを断ったりしたら、俺は太陽系一の憶病者になってしまうじゃないですか」
辻本はわが意を得たりといった表情でフッと笑った。
「悪いな」
「でも、今からアローラムの改修、修理なんてしていたらとても間に合わないと思うんですが…」
香帆が素朴な疑問を口にした。
「それが、案外そうでもない」
司令は大げさな身振りでテーブルの隅をタップする。途端にテーブル全体に細かい
「これが改修計画のアウトラインだ」
トントンとチャートの端を示しながら付け加える。
「二ヶ月前、アローラムがターゲットに決まってからすぐ、密かに日本中から腕利きの造船技術者と設備をピックアップしてかき集めた。すでに受け入れ側の準備はほとんど完了してる」
計画図に重ねるように、ほとんど遅滞のないラダー図が表示される。
「君達が運んで来た貨物も実はその一部なんだよ。船が半壊したのはさすがに予想外だったが、幸いアローラムの船殻構成はモジュールタイプだ。どっちにしてもエンジンは積み替えるつもりだったし、船殻の一部改修も予定のうちだったしな。彼らならそれほどスケジュールを圧迫せずに
言いながらもう一度テーブルをタップする。
「それよりこれを見てくれ。謎の宇宙船のここ一週間の位置座標をプロットしてみたんだ。これによると…」
「なんだこれ!」
湊の大声につられて残りの二人もデータチャートをのぞき込み、その信じられない数値と航跡に思わず自分の目を疑った。太陽系の外縁を超高速で縦横に飛び回る不可思議な
「このデータを信用するかぎり、お客さんはたった一日で一億キロ近い距離を航行できる事になる。例えれば地球、太陽間をほんの一日半でまたぎ越す猛スピードだな」
「あり得ない」
湊のつぶやきに辻本も同意の頷きを返す。
「そう、燃料も推進方式もまったくの謎だ。さすがにその速度でずっと航行することは難しいようだが、それにしたってとんでもなく脚が速い」
「アローラムの巡航限界速度が秒速160キロだから、そのざっと六倍、いや、それ以上か…」
ひいふうみと指を折りながら呆れたように湊がつぶやく。
もちろん、アローラムが通常の運用でそこまでの加速を行なう事は絶対にありえない。燃費が収支を割り込むほど極端に悪化する上、確率的にスペースデブリとの深刻な衝突が避けられないものになるからだ。
理論上、空気や接地抵抗のない宇宙空間では、延々と加速を続けていけば、最終的には光速に迫る速度までスピードアップすることが可能だ。だが、乗員の安全やメインフレームの演算能力、エンジンの加速性能、燃費、そしてなにより船殻強度とのかねあいで最高速度はおのずと制限されてしまう。
確かにアローラムの航法機器はアンバランスさはあるもの上々の水準と言えたし、船殻の頑丈さは他の国の小型戦闘艦に比べてさえ群を抜いている。
だが、もちろんそれにしたって万能ではない。
「そう、ほぼ秒速1100キロに相当する。その上に、ベクトルが刻々と変化してる。ほとんど瞬間的に静止する事すら、ある」
「秒速1100キロから…ですか!」
日岡が息を飲んだ。
「まるでバケモノだ。それでよく崩壊しないな」
「そう。おかげでたった数時間先の位置さえ推定できないんだな。つまりこいつは…」
「つまり?」
再び三人の声がハモった。
「俺達を鬼ごっこに誘ってるのさ」
「はあ!?」
「何のために?」
「さあ、それは確保してみないことには判らない。いずれにしても、テキさんも簡単に捕まるつもりはないらしいからな。そこいらの中古軍艦程度にあっさり捕えられる相手じゃないさ」
「それを俺達が捕まえるっていうんですか?」
「ああ。君達の協力があればそれほど難しくない。私はそう考えているがね」
辻本は自信満々にそう言い切ると、あきれる一同の顔を満面の笑顔で見渡した。
---To be continued---
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