Preparation

 結局、遭難者救助ミッションが私達の任務に正式に加えられたのはそれから数日後のことだった。

 色々ごちゃごちゃともめた割に、一度決まってしまえばそこからの動きは速かった。遭難者の命がかかっている以上、のんびりしているわけにもいかないからだ。

 遭難者については、結局それ以上詳細な情報は得られなかった。

 不定期に受信される遭難信号だけが彼の生存を主張している。だが、これ以上のデータを待つ余裕はなさそうだった。信号の発信間隔は確実にまばらになっており、生命維持装置を稼働させているバッテリーの残量もかなり心配だ。

 そんな状況で、もともと潜航艇に装備されていたサンプル採集用のマニュピレーターは装備できる最大のタイプに慌ただしく換装された。左腕にはまるでシオマネキのハサミにも似た巨大なカッターが新たに装備された。大型採掘船や何かが浮遊小惑星の捕獲や解体に使うハイパワータイプだ。

 宇宙機として、湊の徹底的な再設計で生まれ変わったTM102(改)は、もはや地球で深海潜航艇だった当時の姿をまったく想像できない。その上こんなゴツい腕を装備されてしまい、もはや宇宙船と言うより足がないだけの巨大ロボットだ。

「私、こういうゴツゴツにはあまり萌えないんだけどなあ」

 せっかく湊が整えたTM102(改)の優美なプロポーションが無骨なオプションのおかげで台無しだ。

「なんだか不細工」

 口をとがらせて愚痴る私に、湊は苦笑を浮かべながら言う。

「大丈夫。レスキューが終わったらこの腕は捨てて構わない。どうせ浮上時には邪魔な質量だからね。バラスト代わりだよ」

「だけど…」

 流れるような曲線の真っ白な船体のアルディオーネに抱えられた、虹色に輝く銀白色の潜航艇。そこからにょっきり生えたゴツいトラジマ柄のハイパワーマニュピレーター。

 どう見ても、ちぐはぐだ。

「まあ、こっちもバランス調整で大変だったよ。船首に重量物が増えちゃって、かといって単純に後ろにバラストを足すわけにもいかない。例によってスラスターの出力をいじって強引にバランスを取ることにしたんだけど…」

 睡眠不足が服を着て歩いているような湊の言葉にはいまいちキレがない。

「なにか問題?」

「ああ、香帆に負担がかかる。潜航艇の挙動が一層ピーキーになった」

「なんだ。そんなこと?」

 私は微笑みながらつとめて軽い調子で返す。

「大丈夫だよ。いざとなったらシータに頼るから」

 そう。異星のAIの提案で、シータのセンサーを潜航艇に追加したのだ。

 シータからしてみれば、異星船とのランデブーを最前線で果たすにはアルディオーネよりもむしろ潜航艇に取り憑いている方が何かと都合がいい。だけど、潜航艇のストレージと計算リソースにはシータを収容する余裕は全くない。

 という訳で、シータの本体はアルディオーネに置いたまま、各種センサーやアクチュエータのような外部インターフェースとのリンクを潜航艇に延長することにした。

 元々アルディオーネと潜航艇の間にはMMインターフェース用の超広帯域リンクがあった。私が直接潜航艇に乗り組むことでデータストリームを大幅に節約できる目処が立ったので、余った通信帯域をシータに貸すことにしたのだ。

「突貫工事の割にはうまくおさまったかな。まあ、今日は早めに寝るよ」

 涙目であふあふと大あくびをする湊。

 辻本司令の一大決心で一度はドックを離れたスタッフの多くが急遽呼び戻されたのは先週のあたま。学園祭の準備にも似た狂乱のお祭り騒ぎが再び繰り広げられ、ようやく一連の作業が片付いたのはほんの昨日のことだった。

 そう、私たちは明日、木星に旅立つ。



「では、香帆ちゃん、湊君、頑張って来てね~。Cheers!!」

 鷹野さんの合図で掲げられた全員のグラスが重ねられ、テーブルを囲む面々に笑顔があふれた。

 早朝からのミッションにそなえ、早めに帰り支度を始めた私たちは突然ラウンジに呼び出され、いつの間にか用意されていた壮行会に強制参加を余儀なくされた。普段、バーチャルでしか集まらないプロジェクトの主要メンバーが全員実体込みで集まっているとなれば、無視して帰るわけにもいかない。

 かくして、用意された豪華なパーティーメニューは瞬く間に消費され尽くし、特にアルコールについては大部分が鷹野さんの胃袋におさまった所でようやく雑談タイムに突入した。

「いやあ、正直言って私は今も反対。今回の追加ミッションはあこぎな点数稼ぎ以外の何でもないわ」

 今やNaRDOのナンバー3をつかまえて本人の目の前での暴言。傍で見ているこっちの方がヒヤヒヤするけど、鷹野さんらしいとも言えるストレートな物言いに辻本司令自身はそれほど気分を害している素振りも見せない。逆に遠慮のない口ぶりを楽しんでいる風にも見える。

「そう言いながら薫もきっちり仕事したじゃないか。今回のレポートの反響もすごいぞ。問い合わせが殺到している」

 辻本司令の突っ込みに鷹野さんは露骨に嫌そうな顔をする。

「私は、もともと宇宙開発の最前線がフィールドよ。あんなお涙頂戴番組、司令の依頼じゃなかったら最初から蹴っ飛ばしてる」

 グラスに残ったワインをぐいと飲み干しながら、吐き出すように言う鷹野さん。

「結局おじさんは周りの人間の事を便利な道具としてしか見てない。多分、自分がどう思われているかなんて考えた事もないでしょう?」

「そんな事はない。俺がどう思われようと一向構わないのは確かだが、ちゃんとみんなの幸せだって考えてるぞ。太陽系の平和が俺の願いだよ」

「よくもまあ白々しく」

 鷹野さんはあきれたようにため息をつく。

「なら、ヤトゥーガの壊滅で念願かなったじゃない。これからはもう少し身近な人の気持ちも思いやっていただきたいわね」

 言い放ちながら、かたわらでグラスをちびちび舐めている久美子さんをちらりと見やる。

「薫、構って欲しかったのか?」

「何言ってんだ、このど朴念仁! 今さらそんな事を言うやつはパンチだ。この!」

 うわあ、これは相当酔っている。

 最初からピッチが速いのが気になっていたけど、こうなるとまるで駄々っ子みたいだ。

 そのままヘロヘロパンチで辻本司令に突っかかる鷹野さん。

「薫、その辺にしておきなさいよ」

 さすがに久美子さんがいさめにかかる。でも、ほとんどアルコールを口にしていないはずの久美子さんの顔までもがなぜか桜色に染まっている。不思議だなぁとぼんやり見つめていると、そんな久美子さんの口から思いがけないセリフが飛び出した。

「それより何かいい事あったの? 薫」

「へっ?」

 思わず変な声が出てしまい、あわてて口を押さえた私に全員の注目が集まる。

「あ、すいません。どう見ても何か嫌なことがあってやさぐれているようにしか見えなかったので…」

「ふん! やさぐれていて悪かったわね」

 ふくれっ面の鷹野さんに叱られる。一方久美子さんは楽しそうに笑いながら、

「この子は昔から、何か嬉しいことがあると照れ隠しに他人に八つ当たりするの。迷惑な性格よね」

 すっぱ抜かれてすっかり戦意を失った鷹野さんは、いじけた子供のように口を尖らせる。

「どーせ私は迷惑なヤツですよ。ええ、確かにいいことあったわ…。プロポーズされたもの」

「おお!」

 一座がどよめいた。

「例の年下君?」

 目を輝かせる久美子さんに小さく頷いた鷹野さんは、開き直るようにため息をつく。

「今回の仕事はストレスがたまる分実入りは良かったから、一通り終わったらしばらく休むわ。二人でゆっくり観光でもする」

「式は?」

「しないわよ。そんなお金があったら船をアップグレードするから。湊君! あんたも協力しなさいよね」

 鷹野さんの船といえば『がるでぃおん』だ。そういえばあの船も会社員時代の湊が設計したんだよな~。そう感慨にふけっていると、鷹野さんの矛先が突然こちらを向いた。

「それよりも香帆ちゃん! 人のことよりあなたたちはどうなのよ?」

 突然の突っ込みで思わずむせかえる。

 どう答えようかと悩む間もなく、珍しく湊が口を挟んだ。

「このタイミングで妙な宣言をすると死亡フラグが立つから。ノーコメント!」

「いやあ、そこを何とか。エアハートさん、お二人の関係、本当のところはどうなんですか~?」

 突然芸能レポーター口調になる鷹野さん。フルーツポンチのおたまをマイクのように構え、湊の目の前にずいと突き出す。嫌そうにおたまのマイクから逃げ回る湊の様子がおかしくて、全員でひとしきり笑った。



---To be continued---

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