第二部 ジュピターダイバー
魔術師たちの帰還
アクシデント
太陽系第五惑星、木星。大赤班の直上。
向かい合った二隻の巨大なサルベージ船が不規則にスラスターをひらめかせ、今、まさにドッキングを果たそうとしていた。
まるで双子の兄弟のようにそっくりな二隻の外観は、一辺が二百メートルにも及ぶ金属トラスをカタカナのコの字型に組み合わせた巨大な構造体という表現がもっともそれらしい。
船体の屈曲部と先端には巨大な四基のエンジンノズルがほとんどむき出しのまま木星方向に突き出され、トラスキールには各部のスラスターや燃料タンク、複雑なパイピングまでもがほとんどむき出しのまま無骨に配置されている。
そこに見えるのは徹底した実用本位の設計思想だけであり、美的な配慮はそのかけらすらもない。
だが、その潔いまでの無骨さは、まるで夕闇に浮かぶ重化学コンビナートのように、重厚な機能美と不思議な郷愁を見る者に感じさせる。
厳重な放射線防護カバーが施され、人間の居住が許されているのは巨大な船に不釣り合いにちょこんと設けられた小さなコクピット部分のみ。コンテナヤードに林立する巨大クレーンの操作室のような唐突な印象を受ける。
巨大なガス惑星を背景にして浮かぶ異形の二隻は、コの字の開口部を向かい合わせるようにじりじりと接近し、まるで巨大な海棲ほ乳類を思わせる、流れるような外観の巨大異星船を、今、まさにその内懐に囲い込もうとしていた。
『ドッキング十秒前、五、四、三…結合、アルファより、ロック確認!』
『サルベージ・ベータ、こちらも確認!』
二隻のコクピットからそれぞれ発せられた報告は、はるか上方で状況を確認していた母船に即座に伝えられる。
『ほーい、金魚すくい一丁上がり』
母船から見て右舷にあたるサルベージ船ベータからは、若い男性オペレーターの軽口が弾むように母船ブリッジに響く。
『ほらみろ、あんな社会不適合の
「サルベージ・ベータ、おまえ、口が悪すぎるぞ」
だが、そう返す作業主任の声にも先ほどまでの緊張はない。
『その通りだろ、社会をドロップアウトした変人設計士に冷血コンピュータ少女。どっちもまともな
「…会社の
『そうかあ、あんな奴らに憧れるおまえも少し頭が変なんじゃねえの? まあ、俺は敵が強いほど燃えるからいいんだけど』
「敵って言い切るか。しかし、あの二人、今ごろどうしてるんだろうな?」
『さあな。太陽圏で
「…まあいい、それよりそろそろ仕上げだ、ワイヤーの巻き上げを開始するぞ」
『お、じゃあ俺は黙るわ。後はよろしく!』
すでにすべての担当業務を終え、弛緩しきったベータからの声はそれきり途絶える。
一方、ドッキング後の統合オペレーションも担当するサルベージ・アルファの声はもう少し緊張していた。
『オートテンショナー作動。リフトアップ作業開始』
硬い声と共に、コの字型のフレームに複雑に張り巡らされた何本もの引き上げワイヤーがAI制御でゆっくりと巻き上げられていく。異星船をすくい上げ、同時に戒めるように次第に張り詰めていく特殊金属の極太ワイヤーが太陽の光を受けて鈍く輝く。
『リフトアップ完了。テンションフル!』
「よーし、メインエンジン噴射開始。一気に持ち上げろ!」
だが、余裕があったのはそこまでだった。
『なんだこいつ! 猛烈に重いぞ! 事前の測定結果と全然違う!』
アルファからの報告には焦りの色が滲んでいる。
「どうした!」
『やばいぞ!まったく、ピクリとも動こうともしない!』
すでにサルベージ・アルファ、ベータ共に、すべてのリフトアップ用エンジンが全力噴射の状態だった。
『ほら、駄々こねてないで上がってこいって!』
その瞬間、異星船の重心が突然変動し、船首側とおぼしき部分がぐっと沈み込んだ。
『あ、バカ! 出力が追いつかない!』
船首側を担当するサルベージ・アルファから悲鳴が上がる。異常なテンションを感知したワイヤーテンショナーはロッククラッチを開放し、戒めを解かれた異星船の船首がさらに勢いよく沈み込む。
『やばい! 沈む!』
「ワイヤー切り離し!船体を立て直せ!」
指示は間に合わなかった。
異常な張力に負けたサルベージ・アルファは、大赤班に吸い込まれるように沈む異星船に引きずられ、まるで木星の表面に直立するように大きく姿勢を崩した。ドッキング部分が折り取られるように引きちぎられ、あおりを食ってサルベージ・ベータもまた弾かれるように姿勢を崩す。
『駄目だ! ワイヤースプールが外れない! 巻き込まれる!』
「緊急脱出! 二人とも船を捨てろ!」
作業主任の悲鳴じみた叫び声が響く。
だが、異星船と共に大赤班に姿を消したサルベージ船から、返事はついに帰らなかった。
---To be continued---
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