再会
元々ローカル向けの地方空港として造成された神戸宙港は、大阪湾の対岸にある関西国際空港が拡張されたタイミングで廃止され、跡地は地球浄化プロジェクトの開始に伴って宇宙港として再整備された。
本格的な大型船が発着する宙港としては北海道の日高が有名だけど、アローラムタイプが量産されて宇宙と地球上を直接繋ぐミニコミューターとして活用されるようになったので、西日本唯一の小型宇宙機専用宙港としてそれなりに賑わい始めている。
そんな宇宙港の西の端。
びっしりと並べられたテトラポッドのすき間にジェットスキーを乗り捨て、よじ登って指示された通り結婚式場と宙港敷地の境目に回り込んだ。
鉄条網がそこだけめくられ、緑色に淡く光るサイリウムが目印にぶら下げられている場所がある。
私はするりと敷地内に忍び込むとサイリウムを引きちぎってウインドブレーカーのポケットに落とし込み、これまた手際よく草むらに隠されていた電動キックボードを拾ってその場を離れる。
和田岬側からここまで、真っ暗な海の上は想像以上に寒かった。
私はすっかりかじかんでしまった両手の指を交互にぐーぱーと動かし、明かりを避けつつ宙港の外周道路脇を密やかに移動する。
こうして見ると、
半分ほどはオリジナルと同じ白いボディに大きく「UN」と描かれた国連の所属機だが、残りの半分は宇宙関連企業が地上との連絡業務に使っているコミューターだ。
こちらは色とりどりで、カスタマイズが施されているのか形もサイズも微妙にバリエーションがある。
それにしても。私は改めて思う。
辻本司令の戦略は見事だった。個人的には半分騙されたような気もするけど。
アローラムの大活躍の直後、国連地球浄化プロジェクトでの採用が決まった瞬間にNaRDOはアローラムの設計をすべて公開し、どんな宇宙船メーカーも一定のライセンス料さえ払えばアローラムタイプとその派生機を製造できるようにしたのだ。
これまで、地上直航小型宇宙機というジャンルはなかった所にいきなりこれだったので、大手のほとんどのメーカーが派生機事業に参入してきた。
アローラムをベースに大胆に
かくして、一年もたたないうちに世界中の宇宙機メーカーから兄弟のようにそっくりな小型宇宙機が次々と発表され、総称してアローラムタイプと呼ばれるようになった。
性能はいまさら言うまでもない。
さらにメーカーの負担する開発費ほぼゼロという莫大なメリットと量産効果のおかげで、これまでにはありえない低価格を実現し、わずか数年で宇宙機界のセスナ・サイテーション(つまり、ベストセラーね)と呼ばれるようにさえなった。
「いやー、やっぱり私の見込んだ通りだったかー」
私はエプロン照明に照り映える真新しいアローラムの兄弟達を眺めながら、不思議な高揚感と満足感で胸が一杯になる。
この船を最初に見つけたのは私だぞ。そう大声で叫びたくもなる。
いや、最初に目をつけたのは辻本司令か。
まあいいや。
とりあえずレシーバーのガイド無しにすべての宇宙機を遠目に眺め、野村さんの言った意味が一発で分かった。
中に一隻、特別に異彩を放つ船がある。
有機的な船体のデザインはアローラムに似ていなくもないけど、まず一切の窓がない。加えて、装備されているエンジンが信じられないほど小型だ。そのおかげで突起物の少ないゆったりと流れるようなフォルムは、私が最近まで乗っていた
アローラムが鳥だとしたら、あの船は間違いなく海棲生物だ。
一目見れば分かる。あの船の設計者は湊。
私はレシーバーをオンにして、ドキドキしながら呼びかける。
『アルディオーネ、聞こえますか? 応答願います』
返事はすぐに帰ってきた。背後から。
「よう、久しぶり」
いきなり呼びかけられ、心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。
いや、実際「ひぃ」とか「びゃあ」とか変な声を上げて飛び上がったと思う。
振り向いてみてさらに驚いた。あなた一体誰ですか?
髭面にサングラスの日焼けした男がそこには立っていた。
「だ、誰!」
慌てて飛び退り、野村さんに渡されたテーザー銃を構えて誰何する。
「誰って、湊だけど?」
「え? でも、だって湊は髭なんか生やしてないし、ましてサングラスなんか」
テンパって意味不明な口答えをしてしまう。
「いやいや、俺だって髭くらい生えるしサングラスだってかけるよ?」
男はホールドアップの姿勢のままにこやかに答える。いや、考えてみれば確かにそうなんだけど、声もよく似てるけど、違う。
「サングラスを取って!」
私は構えを崩さないまま鋭く命じる。
途端に男の放つ雰囲気が一変した。
表情がわずかにこわばり、両手を下げようとしたのでちゅうちょなく撃つ。本当に湊だったらごめんなさい。心の中で謝りながら。
そのまま背後の闇に対して男の体を盾にするように回り込む。
思った通り暗闇からスタンニードルが飛んで来た。男の背中にプスプスと突き刺さり、その身体が電撃で痙攣するのを見やりながら全速で後ずさる。
敵は二人。
狙いは、生け捕り?
やり口が違う。どうやら工場に潜り込んできたのとは別口らしい。
私は
「アルディオーネ! 聞こえますか? 香帆です。現在交戦中、援助願います!」
返事はない。本当に通じてるのかなと思った瞬間、脳裏に若い女性の鋭い声が響く。
『止まれ! 二歩後退!』
反射的に立ち止まり、そのままたたらを踏むように後ずさりしたところで目の前の地面にスタンニードルが突き刺さる。
回り込まれた?
思う間もなく次の指示が来る。
『姿勢を低く、手前にダッシュ! 五メートル先で右に大きく飛べ!』
言われた通りに走り、飛ぶ。
背後でニードル同士がぶつかり合うチャキーンという金属音が響く。
『十一時の方向、全速力!』
誰だろう、この人?
まるで敵の動きをすべて見透かしたような的確な指示に内心舌を巻きながら、とりあえずは言われたとおりに走る。
『二歩先でストップ。振り向いてテーザー銃を胸の位置で力一杯突き出せ! 引き金引け!』
背後から覆いかぶさろうとした男のみぞおちにおもしろいほど綺麗にパンチが決まる。
「ぐぅう」
男がうめく。
そのまま引き金を引くと、男の身体は激しく痙攣し、倒れる。
残りは一人。
私は再び
だが、私の運はそこで唐突に尽きた。
左のふくらはぎにズキリと鋭い痛みを感じたかと思う間もなく、全身の筋肉が激しく痙攣する。
スタンニードルが命中したらしい。
そのままの勢いで、まともな受け身も取れず前のめりに転倒。右ひじとあごを激しく地面に打ち付ける。
「痛っ!!」
なんとか仰向けに向き直るが、右肩を足で踏みつけられ、それ以上身動きが取れなくなった。
「動くな!」
言われるまでもない。鼻先にニードルガンの銃口を突きつけられ、右手を思い切り蹴飛ばされる。握りしめていたテーザー銃がカラカラと回転しながら滑っていく。
「無駄な抵抗はするな! お前、トロイスの魔女だな?」
ええ! いつの間にそんな通り名が?
私はすぐに始末されなかった事に少しだけほっとして、相手をジロジロと観察する。
見た目は純粋な日本人っぽいけど、言葉にはなんとなく東南アジアっぽいなまりが感じられる。
どうやら、これまで私をしつこくつけ狙っていたのとはまた別の勢力らしい。
(また増えたのか)
私は内心で嘆息すると、顔をわずかにそむけた。
ところが、それがなぜか相手の気に触ったらしい。顔色がみるみる赤黒く染まる。
「おまえ!」
『息を止めて! しっかり目をつぶる!』
次の瞬間、すぐ近くに停泊していた全く無関係のアローラムタイプがいきなり姿勢制御スラスタをぶっ放した。
高温高圧の燃焼ガスが猛スピードで私達を襲う。
ただならぬ気配に気づいて振り返った男は、顔面にもろに高温のガスを浴びて絶叫しながらひっくり返った。
おまけに、どうやら運悪く肺の中までガスを吸い込んでしまったらしい。のどをかきむしりながらのたうち回っている。
一方、男にのしかかられるように地面にぺったり寝ていたおかげで、私はほとんど被害を受けなかった。
とはいえ、いつまでも呆けているわけにもいかない。
私はまだしびれの残る両手足を総動員、生まれたての子鹿のようにプルプル震えていたところを不意にふわりと抱きかかえられた。
『船長、遅刻!』
例の声に叱責されながら、私をお姫様だっこした人影はニコリと白い歯を見せた。逆光で顔がよく見えない。
「主役は最後に登場するもんだ」
『何言ってんの! ハッチ開きます。急いで中へ!』
その時、ハッチからの漏れ明かりを浴びて、ようやく顔がはっきりと確認できた。
「…湊」
「まだしゃべるな。目も閉じたままがいい。熱傷が心配だ」
湊は優しい声で諭すと、
「やっと会えたな」
そう、付け加えた。
「ああ!」
やっぱりあの光景は夢じゃなかった。
湊は、リクライニングシートを倒して私を静かに横たわらせる。
と思うと、「痛いぞ」と言うなり私が心構えもしないうちにふくらはぎのスタンニードルを引き抜いた。
(!!)
声にならない叫び声をあげる私を無視して、湊はそのまま私お気に入りの7分丈パンツの裾口をざくざく切り開いて傷口に抗生剤と鎮痛剤入りの軟膏を薄く塗る。ひじとあごの怪我も同じように手早く手当すると、それぞれモイスチャーパッドを貼り付けて外からスキャナーを当てる。
「どうだ?」
『感染の問題はありません。この程度であれば傷跡を残さずに完治するでしょう』
その声に小さく頷いた湊は、なすがままにされる私のまぶたを指で軽く引き上げ、目薬をポタポタと落とす。
「痛っ!」
「ごめん。少ししみると思う。落ち着くまで目はつぶってろ。今度は口を開けて」
無言のままうんうんと頷き、あーんと口を開く。のどにひんやりとしたスプレーが吹き付けられた。
「良かった。それほどガスは吸ってないな。後は…」
言いながらシートを少し起こす。
「ゆっくり目を開けて」
その言葉におずおずと目を開く。意外なほど近くに、心配そうな顔つきで覗き込んでいる湊の顔があった。
その様子を目にした瞬間、思わず瞳が潤み、涙がぽろりとこぼれる。
「あ、まだ痛いか?」
「ううん」
私は小さく首を振る。
「そうじゃなくて」
なんだか照れくさくてその先がうまく言葉に出来ない。
「なんだか、安心しちゃって」
「そうか…」
湊は伸びた私の髪を一房つまみ上げながら、
「毛先が少し焦げちゃったな。せっかく伸びたのに」
そう、残念そうにつぶやいた。
「船長、とりあえず離床して下さい。周りにうるさいのが…」
私をここまで導いてくれた女性の声がスピーカーから響く。その声色はどこか煩わしげ。
「そうか。とりあえず香帆はここに座ってて。シンクロは後で」
そう言い残すと、隣のシートに滑り込み、じっと身動きもせず黙り込んだ。
そのまま静かに時間だけが過ぎる。
一方、私はその間ずっとキョロキョロのし通しだった。この部屋は一体なんだろうと思ったのだ。
滑らかなデザインのリクライニングシートが楕円形のテーブルを挟んで二つ並べられた窓のない小部屋。落ち着いた深いブルーの間接照明に照らされた低いドーム天井は、そのまま境目なく滑らかに床まで続く。
その様子は、まるで小さなプラネタリウムのよう。
だが、部屋にはそれ以外の物は何もない。
観測窓がないのは外から見て知っていたけど、コクピットにしてはマルチスクリーンも、操縦のためのレバーやペダルも、航法装置も何もかもが見当たらない。もう一人乗り組んでいるらしき女性も一向に現れない。それどころか物音一つしない。
「あの?」
そのまま十分近くも放って置かれ、さすがに私も好奇心が抑えられなくなった所でようやく湊が体を起こした。
「もしかして寝てたの?」
「何言ってんの? もう大気圏外に出た。とりあえずサンライズ7に向かってる」
「えっ?」
私は自分の耳が信じられず、思わず聞き返す。
「この船、動いてるの?」
「ああ」
「うそ、エンジン音も反動も加速度も、何も感じないよ」
湊は目を丸くする私の表情を見てニヤリと笑った。
「最新型だからね」
いやいやいや、そういう問題じゃない。そもそも物理法則に反している。
「でも? だって慣性の法則…」
「それは無視していい。こいつはそういう船なんだ」
「ええ〜!」
私は今度こそ返す言葉を失った。
---To be continued---
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