7・3 

 生徒会をでた私は、下駄げた箱に向かってた。


「どうしたの、元気ないね」


 いきなり後ろから声をかけられた。見たら米家よねや先輩がいた。重そうな荷物を抱えたまま近寄ってくる。


「やっぱ、あの地味子――お姉さんに横取りされたから?」

「ち、違いますっ……!」

「私たちは仲間ってことか。悲しいね」


 そう言う先輩は、ちっとも悲しくなさそう。

 私は先輩を無視するように歩き続けたのに、あっちがペースに合わせてついてくる。


「素子ちゃんは、私の品近に手なんかださせない、って感じだったのにね」

「……そんなこと、ないです。品近は幼馴染みだから……」

「ふうん」


 私は下駄箱についた。

 先輩はスニーカーに履き替えると、いきなり天使像まで走っていった。私は置いてけぼり。


「私と勝負しようよ」

 そっから大声で叫んだ。「どっちが社君を奪い返せるか、でさ」


「だ、だめです!!」


 私はもっと大きな声で返事をした。すぐに天使像まで駆けていく。


「どうして?」

 けろっとした顔で先輩が聞いてくる。「いいじゃない。誓約書は書き換えができるんだから」


「……だって、品近は……、茜さんと……」

「と?」


 一緒になったんだから。その一言がでてこない。頭では分かっているのに。


「私と社君の勝負、素子ちゃんも見てたはずだよね」


 私は頷く。


 ラクロスのルールは知らないけれど、品近が卑怯ひきょうなやりかたで勝ったのは分かってた。

 すると先輩は荷物を置いて、おでこの絆創膏ばんそうこうに指を当てる。


「普通、女子ラクロスやってきた人間に、ラクロスで勝負は挑まないよね。勝ち目ないんだから」

「……はい」

「お姉ちゃん探しだってそう。あれだけ探しても見つからなかったのに、花園学園に来ちゃうんだから」


 さっきから先輩は楽しそう。

 この話、品近から聞いたのかな。あんまり茜さんのことしゃべりたがらないのに。でも私なんか、ずっと前から知ってることだし。


「私だって、それくらい知って――」

「――はい、嘘ついた」


 先輩はいきなり駆けよってきた。目の前ににまにま顔がある。


「素子ちゃんはなぁーんにも知りません。私のほうがよぉーく知ってます」


 先輩は鼻を鳴らす。何それ。感じ悪い。


「社君は決めたんだよ? 自分がお姉ちゃんを追いやったんだから、今度こそ助けるんだって。失敗すれば退学させられて終わり。勝ち目はほとんどないのに。彼女なんて邪魔なだけ、幼馴染みからシスコン呼ばわりされたっていいって」

「シスコン呼ばわりの幼馴染みって、私のことですか!?」

「そだよ。怒った?」


 先輩はくるりと背中を向けた。天使像に戻っていく。


「勝手なこと言わないでください! 先輩なんかに何が分かるって言うんですか!」


 私は先輩に近づき大声を浴びせた。米家先輩は余裕の態度で振り返る。


「だから分かってるって。素子ちゃんより――」

「――関係ない人は黙ってください!!」


 私は思わず先輩を小突いていた。


「ずっと品近のことを見てきたんです! 昔っからお姉ちゃんと一緒だったから、いなくなってすごい落ち込んでて、それを勇気づけたのは私なんです! そしたら品近は受験勉強するようになって、苦労して花園学園に入学できて、あの校則にだって負けずに例外になって、それからやっと茜さんを見つけて、それで、それで……! わ、私に返事をしてくれるって約束したんですから!」


 私はひたすら言っていた。


 どこにこんなたくさんしゃべることがあったんだろって、自分でも不思議だった。

 小突かれたところをなでながら、先輩はにんまりとして「約束って?」と聞いてくる。


「そっ……、それは、品近が……」

「告白への返事?」


 言葉に詰まった。さっきのとは違うくて、言い返せない。


「あはは、まさかまさかの展開だね」


 先輩は大げさに言った。


「社君はお姉ちゃんと一緒だけど、素子ちゃんに返事するって約束した」


 私は頷く。


「素子ちゃんの知っている社君は嘘つき? 目的のために女の子を泣かせるような男?」


 私は一生懸命首を振った。

 だったら簡単じゃない、と先輩は言う。


「自分の社君を信じればいい。私だって、自分が知ってる社君を信じてるから」



 ――え、っと、あ……、そっか。



 重たいものが肩から落っこちた気がした。


 私、ずっと茜さんと一緒になりたがっていると思ってた。でも確認してない。品近の気持ち。あの約束のことを覚えているのか。そんで返事をするつもりなのかって。


 私の知っている品近はそんなことしないよ。だってばかだもん。


 私は先輩を抜き去って、正門から外に走っていった。そしてそこからありったけの声で叫んだ。


「先輩、私は負けませんから!」

「望むところ!」


 すると、もっともっと大きな声が返ってきた。

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