4・1 幻想リーディング


「品近様、品近様」


 翌日。

 俺は騒々しい通学路を歩かなければならなかった。


「ねえねえ品近様、私にできることはあるですかー? なんでも言って欲しいですー」


 昨日からパソ子は、ずっとこの調子だ。

 自宅に持って帰るときからテンションが高く、俺の部屋に入ってからは、もう大変な騒ぎだった。どうしてそんなことをしたのかって?



(品近さん、パソ子さんがご自宅を見てみたいとのことです)



 部長命令だからだよ。

 ちなみに素子はいない。通学路が別々だからって逃げやがった。あいつめ。


「品近様、処分したい画像とか動画はあるですー? 私ならぜぇーんぶまっさらにできるですよー? えっちなのもどんとこいですー」

「お前な、いい加減、黙っててくれな――」

「――私はお前じゃなくてパソ子ですー」

「じゃあパソ子よ――」

「――お話するときは、フェイス・トゥ・フェイスが基本なのですよー」


 俺は聞こえるように舌打ちをする。一番言っちゃいけない奴が、一番言っちゃいけない台詞せりふを言ってるぞ。

 パソ子を地面に置いて画面を開くと、あのアイコンが表示される。


「あんな、部室に戻るまで黙っててくれ」

「どうしてですー? おしゃべり楽しいですよー?」

「おま――パソ子が楽しくても、俺は楽しくないんだよ」


 客観的に見れば、俺はただパソコンにつぶやいているだけ。通学中の生徒が白くて生暖かい目で見ている。


「私とおしゃべりするの嫌ですー?」

「友だちいない子みたいで恥ずかしいだろ、俺だけ」

「品近様には元々友だちなんていないから恥ずかしくないですよー?」

「わりと毒吐くなお前」


 それよりどうやって知ったんだよ。俺に友だちがいないって。


「どうしてですー? みんな携帯使って、本音がばれないようにして、友だちだと思い誤っているだけの関係を、必死でつないでるですー」

「お前が言うと説得力がある」

「だから私とおしゃべりしたらいいですー」

「嫌だね。友だちだと思い誤ってすらいない関係を、必死でつなぐ暇なんてないからな」


 じゃあな、とパソ子を静かに閉じた。


「しーなーちーかーさーまー! お話したいですー。閉じたらだめなのですー!」


 だがパソ子は、隙間(と呼んでいいのだろうか?)からしゃべり続ける。フェイス・トゥ・フェイスじゃなくてもいいのかよ。


「うるせえ。文句があるなら中の人がでてこい」

「パソ子の中身はパソ子ですー。品近様に意地悪されたら悲しいですー」

「ふん」


 俺はしゃべり続けるパソ子を無視することにした。切りがない。

 にしても気のせいだろうか。パソ子とやり合ってると、どこか懐かしい感じがする。


「なあ」

 こんこん、とあくまでも折りたたんだままパソコンをノックする。


「はいはいはいですー!」

「お前って、俺と会ったことあるか?」

「昨日お会いして、電気が走ったですー! この殿方は運命の人なのですーって」

「ん、そりゃ結構なことだな」


 こん、とノックを返事代わりに、俺は口を閉じた。



「さすがに慣れてきたよね」

「うん。妹も相手にしてくれなくなったし」

「安全ピンでめたら笑われちゃったよ」



 すると花園学園の女子3人組が、おしゃべりしながら近づいてきた。


「あ、あの人!」

「文芸部、だっけ。1年の」

「……1人でしゃべってたよね」


 俺を見つけるや否や表情を引きつらせた。この展開には覚えがあるな……。


「ねえ」

「うん」

「行こ」


 汚らしいあの虫を見つけてしまったかのような態度で、彼女たちは俺から離れていった。


「おい、お前のせいだぞ」


 手にしたパソ子をこんこんとたたく。が、返事はなかった。


「ふっざけんなあぁぁあぁぁっっ!! こんなときだけ黙りかよぉぉおぉぉ!!」


 顔の見えない相手をすぐに信じてはいけない。俺は人間関係の基礎を学んだのだった。

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