4・2 解体ワーキング
「あ、ちょうどよいところに」
いつものように講演会から帰ってきた部長が、俺たちに気づいた。
俺がショッピングモールで買ってきたかりんとうを補充し、素子がそれを食べるという地産地消の途中だった。ちなみにパソ子は登校した直後部室に返却している。授業に持ってくのは勘弁だったからな。
「文芸部の目的ついて、ご相談したいことがあります」
部長がソファに近づいてくるのを見ながら、俺は隅っこに箱買いして置いてあるペットボトルのお茶をとりにいくために立ちあがった。
「文芸部の目的?」「相談、です?」
俺はペットボトルをテーブルに置きながら、ソファの部長と素子に合流する。ありがとう、と部長はそれを受け取った。
文芸部の目的。
恋愛に悩める高校生を
講演を通じて、恋愛の素晴らしさを説き、相談があれば
生徒会との協力関係を保ちつつ、恋色エクリチュールにしたがうように生徒たちを導くこと。そんなところだと思っていたが。
「本来、文芸部は恋色エクリチュールの廃止を目指しているところなのです」
「は、いっ?」「えーっ!?」
俺は袋からかりんとうを、ばらばらとこぼしてしまう。
素子はそれをつまんだまま静止画像のように止まってしまった。
「あのシステムには欠陥があります。退学という罰則のせいで、自然な感情に任せた恋愛を阻害してしまっています。生徒の恋愛を支援する文芸部として見捨ててはおけません」
部長はペットボトルをテーブルに置き、こぼれたかりんとうを拾いながら言った。
俺も慌ててかりんとう拾いに参加する。
文芸部が恋愛相談を再開してから、その件数は伸び続けている。たしかに相談内容は多種多様だが、退学が怖いという感情が根っこにある。
「恋色エクリチュールの7条には、協議によって改定することができるとあります。前例こそないですが、改定だけではなく廃止も可能であると考えています。たとえば反対署名を集め、生徒会に提出することによって」
俺と部長は、ようやくかりんとうを全部拾い終える。ありがとう、と部長は言った。
俺はソファに座り直し、部長のほうを向く。
「とはいえ、恋色エクリチュールの廃止を訴え、退学させられたのでは元も子もない。かといって退学処分を避けるために記名相手を探すなど本末転倒です。エクリチュールに反対しつつ、ここに
「――講演活動、ですか」
俺の
たしかに部長は、誓約書に記名しろと言ったことはない。ただ、自分の気持ちにしたがう恋愛は素晴らしいと説いていただけ。
「ですがエクリチュールの廃止は遠のきました。講演活動が生徒会の認可を得ているからです。私が何をしゃべっても誓約書への記名を勧めていると受け取られますからね」
部長はちょっと困ったように笑うと、今後はエクリチュールを廃止すべきだと訴えたいのです、と言い切った。
なるほど。
部長の考えは分かった。花園学園に
だけど、部長の考えを実行するのは難しい。だって――
「そんなことをすれば、まず間違いなく例外措置を
そうだ。
これは生徒会、いや花園学園に対して反旗を翻すことだ。そんなことをしでかせば生徒会は黙っちゃいない。すぐにでも部長の例外措置はなくなるだろうし、無事にここに在学できるかどうかも怪しくなってくる。
俺と素子の例外措置だって、まず間違いなくだめになるだろう。せっかく苦労して手に入れたんんだが。
「ですので、生徒会が処分をくだすまでのわずかな
「…………」「…………」
俺と素子は、伏し目がちにお互いを見る。
「ここは文芸部。部長の一存のみでは決定できませんし、そうしたいとも思いません。部員であるお2人の意見を尊重したいのです。お考えを聞かせてください」
□■
「品近、そもさん」
花園学園の
部室をでてから続いていた沈黙を、素子が破る。俺は歩きながら読んでいた生徒手帳を収め、せっぱと答える。
「さっきの話、どう思った?」
「……そうだな」
俺はスニーカーに履き替えながら、返事を保留する。
「せっかく例外になったしな。ここで手放すなんてのは、正直勘弁して欲しい」
「じゃあ、ぶちょーに反対?」
「…………」
俺の口からは生返事もでてこなかった。
これからようやく姉ちゃん探しに専念できるってタイミングだったしな。
けど、部長の考えには賛成してもいる。あれのせいで米家さんの事件は起きたようなもんだ。できれば恋色エクリチュールなんかなくしてしまいたい。
「廃止とか、スケールがでかくてイメージできない。本当にできるもんなのかって感じてる」
「校則になしにできるって、書いてあるんだよね?」
「なしじゃなくて変える、ならな」
「うーん……」
素子もスニーカーに履き替えた。
「なんかさ、私たちってぶちょーにはいっぱい助けてもらったよね」
「そうだな」
「それに文芸部って、ずっとぶちょーが支えてきたでしょ。品近と私なんか入部してまだちょっとだし」
無記名にさせろと迫った俺を、部長は追い返さなかった。
さらに俺たちの入部を認め例外措置を得られるまでになっている。俺たちが茶菓子をのんびり食っていられるのは部長のおかげだ。
「例外じゃなくなるのが嫌だっての、すごい分かるんだけど、私はぶちょーの言うとおりがいいかなって。品近には悪いけど」
「……俺だって部長に反対しているわけじゃないんだよ」
ただ実現の見込みがないってのが問題なんだよ。
署名集めをして、どれだけ賛同する人がいるのか。部長からの頼みなら断らないかもしれないが、タイムリミットは生徒会が例外措置を
7・1 エクリチュールの改定にあたっては、生徒会での協議のうえ発議し、全校生徒に提案して3分の2以上の承認を得なければならない。
さっき生徒手帳を読んで確認した条文だ。
改定に必要な数は3分の2以上。ハードルは酷く高い。しかも署名を全校生徒の承認としてカウントすることができるのかどうかが、この条文じゃ分からない。もし生徒会のさじ加減だとしたら見込みはない。
生徒会、生徒会、生徒会。
さっきからここに権限が集中している。何をするにしても生徒会を通さないといけない。
一体、生徒会って何なんだ。どんな場所で、そこの会長っていう
――だったら、そうか。
俺のやることは決まったようなもんだ。すべての道が生徒会につながっているのなら、そこさえどうにかできれば、すべての道は開閉自在のはずだ。
「品近、どったの?」
ひょこん、と素子が顔を
「シスコンを病気みたいに言うな。病気なのはロリコンのほうだ」
「ロリコンって病気だったんだ」
「たぶんな」
何とかフィリアって診断があるらしい。よく知らんけど。
「それって大変じゃない? 全国のロリコンに教えてあげないと、自分が病気だって分かってないんだよ?」
「止めておけ。素子のためにならん」
俺たちは、すでに下駄箱から正門前に到着していた。
帰り道は真逆。
「じゃあな」
「うんまた」
そして別々の帰路についた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます