4・3 交通ジャミング

 俺は、素子の姿が見えなくなると携帯をだし、着信履歴から電話をかけた。


「あら品近さん。どうかされましたか?」

 部長の声は、やや驚いていた。


「さっきのお話ですが、俺の意見を伝えておこうと思いまして」

 俺はさっきまで考えていたことを伝えた。


 部長には賛同するが、リスクを考えると踏みだせない。まずは生徒会をこの目で見て判断したい、と。


「でしたら」

 俺の話を聞き終わると、部長は言った。


「偽造誓約書事件の報告書を修正して、届けにいくのはどうでしょう。読み返してみると誤字ごじ脱字だつじ衍字えんじが散見されます。修正版を持参するのであれば理由を作れますから」

「その修正した報告書っていうのは――」

「――手元にあります」


 俺は胸をなでおろした。

 やっぱり部長はすごい。なんでもテキパキこなして無駄がない。


「今から部室に戻ります。明日、持っていきますから。いつもありがとうございます」

「気にされないでください」


 通話を切って部室に向かおうとした瞬間、「品近さん」と部長は話をつないだ。


「どうしたんですか?」

 だけど返事はない。


「部長?」

 無音。まるで通話が途切れているみたいに。

 ただ部長の呼吸音だけが、ひたひたと聞こえてくる。


「品近さんは、花園学園に入学を果たしておきながら、誓約書の相手として素子さんを頼らず、米家さんすら選ばなかった。その理由について、私なりに考えがないわけではありません」

「……なんの話を」

「恋色エクリチュールを廃止できれば、きっとあかねも帰ってきます」


 俺の姉ちゃんを、部長は「茜」と呼んだ。


「姉ちゃんが帰ってくるって……、部長は、一体……、何を知っているんですか……?」


 再度、部長は押し黙った。

 品近という名字は珍しい。もし部長が姉ちゃんのことを知っていたのなら、俺との関係に気づかなかったはずがない。


 ならどうして今まで黙っていたんだ。少しくらい教えてくれてもいいはず。


「生徒会に行けば、会長の蕗奈が放ってはおかないでしょう。ですが、私たちの目的は、恋色エクリチュールの廃止、そして茜との再会にあることを心にめてください」

「部長は、姉ちゃんとどういう関係な――」

「――ごめんなさい、品近さん」


 部長は、俺の質問には答えなかった。


「なぜ、ですか」

「まだ気持ちの整理がつかないのです。必ずお話します。ただ今は……」

「…………」


 部長は煮えきらないままだった。

 何かがあったはずだ。恋色エクリチュールと姉ちゃんの失踪、それに部長と会長のあいだに。


「ひとまず修正版をとりに行きます」

 俺は一息入れて、本題に戻した。


「お待ちしています」

 そこで通話は切れた。


 通話しながら歩いていた俺は、花園学園の天使像の前に立っていた。すると、あのクイズの台詞がなぜか脳裏をよぎった。



 ――あなたは分かれ道に着きました。一方は天国へと導き、他方は地獄へと誘う道です――

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