4・4 快談トラブルシューティング

「失礼します」

 俺はノックを入れて、スライド式の扉を開ける。


 翌日、俺は報告書を手に生徒会室に向かっていた。

 生徒会室の内部は思っていたよりも狭い。壁面には書類ファイルの詰まったキャビネットが並び、窮屈そうにパソコンを操作している生徒が数名。グレーの色調をしたデスク類が事務的な空気を醸しだしている。


「どうして別れられないわけ!?」


 1名の女子が目の前の受付カウンターで大声をあげる。

 カウンターの反対側には、何度も頭をさげている男子が立っていた。受付係だろうか。


「もう別れたって、何度も言ってるじゃない!」

「当事者のお2人に来ていただかないと、誓約書の書き換えはできないんです」

「連れてこいっていうの!?」

 怒髪天をく、ということわざがあるけどうそじゃないな……。近寄らないでおこう。


「もういいし!」

 すると彼女はくるりと向きを変え、俺に迫ってきた。俺に目もくれず部屋をでていってしまう。


「お次のかた、どうぞ」

 彼女を見送っていると、受付くんが声をかけてきた。


 パーマのかかった茶髪に黒縁眼鏡。身体は細いけれどしっかり筋肉はついている。身長は高いし、物腰は柔らかい。そこにただ立っているだけで俺のコンプレックスを悪意なく容赦なく刺激してくる。


「ご用件は何でしょうか?」

「……あ、ええと、俺はそういうことじゃなくて」

「?」


 受付くんは、はてなを浮かべている。


「文芸部から来たんです。品近社と言いまして……」

「ああ、いつもお世話になっています」


 ぱっと営業スマイルを向けてきた。すごいな、その機転。


「依頼されていた米家さんの事件の報告書なのですが、提出したものに不備があったので、修正版を持参しました」

「少々、お待ちください」


 彼はきびすを返し、部屋の奥に入っていった。生徒会室の一番後ろ。書類の山に囲まれたデスクで、誰かと話をしている。そこで会釈をしたあと、受付くんが戻ってきた。


「どうぞお入りください。奥で会長がお待ちです」


 俺は受付カウンターの横道に通される。

 狭いスペースをじぐざぐと縫うように進むと、ようやく最深部に到着した。


「会長、文芸部の品近さんをお連れしました」

「ん」


 デスクの足元に見えるスリット入りのスカートが、最小限の返事をした。


「久利蕗奈だ。会長をしている」

 書類の山から、女子が姿を見せてきた。俺に右手を差しだしてくる。握手で応じていると、受付くんは戻っていった。


 久利蕗奈――これまで何度も耳にしてきた名前だ。


 1年生の頃から頭角を示し、2年生にあがると同時に生徒会会長に就任する。名のある資産家の1人娘で、大豪邸に1人暮らしなのだとか。


 だが、いざ本人を見てみると、そんな人物評がであると分かる。


 細長い手脚に溶け込むような美しい黒髪。制服のデザインもあって、女性らしい膨らみが視線のやり場を奪う。視線や言葉に威圧感があり、部長とは違うタイプのリーダーシップを備えていた。


楽羽ささはから聞いている。文芸部のエースだそうだな」

 あと容姿に不釣り合いなしゃがれ声が特徴的だった。


 接客用のスペースがなくてな、と隅から折りたたみ椅子を取りだした。それに俺が座ると、会長もデスクにつく。


「あの、部長から預かってきました」


 俺は脇に抱えていた報告書を手渡す。会長は黙ってそれを受け取ると、ぱらぱらとページに目を通した。


「修正というのは、誤植のことだったのだな」

「はい」

「気にするほどでもなさそうだが、わざわざすまなかったな」

「い、いえ」


 ――失礼します。

 受付くんがお茶を持ってくる。湯呑みを1杯ずつデスクに置くと黙礼して立ち去った。


「ところであの事件、君が解決したのだな」

「……あ、はい?」

「ラクロス部への潜入調査、米家初夏との関係構築、本人の説得作業、目覚ましい活躍だ」

「……いえ、俺は、部長の指示にしたがっただけで」


 ぱらぱらとページをめくる手が止まると、会長は半月型の眉をあげた。


「彼女の誘いを断ったそうだが、ずいぶんと強気なのだな」

「え?」

「君はまだ1年生だろう? こんなにかわいいのに。他に好きな娘でもいたのか?」


 話題の矛先は、いつの間にか事件から俺の恋愛へと変わっていた。


「調査は調査、誓約書は誓約書。公私を分けて記名すればいい。せっかくの面白おかしい――」


 ――ごほん。

 遠くから咳(せき)払いが聞こえてくる。受付くんの声だ。

 会長は両目をつむり、叱られた子どものような顔になる。


「いや、早急に対応すべき事件ではあったのだが、人手が足りなくてな。そこの眼鏡に頼んで」「眼鏡じゃありません。枯匙かさじです」「文芸部に依頼したのだ」


 会長はにんまりと笑った。受付――眼鏡くんにも怯まない。いや、枯匙くんか。


「花園学園は恋色エクリチュールに始まる。誰もが無記名退学を恐れ、相手を探そうと躍起になり、恋に落ちる。半年間というタイムリミットが、否応なくムードを盛りあげ、共通の話題を用意してくれるからな。あれだ。余命宣告された女子との淡い恋愛物語が鉄板なのと一緒だ」


 ただし現実は余命どおりには終わらないがな――と会長は足を組む。

 スリットからわずかに下着がこぼれる。俺は不自然にならないよう視線をずらした。


「なのに君は、せっかくの好機をどぶ川に捨てるようなことをしている」

「あんなもので、米家さんと付き合いたいとは思いません」


 慌てて俺は口を塞いだ。

 しまったと思った。ここは生徒会。あの校則の番人がつどっているのだ。さっきの発言で気分を害したかもしれない。


 会長は口を閉じ、俺を見ている。

「あんなもの、か」


 すると会長はいきなり笑いだした。

 怒るどころか笑うなんて、一体どうなってる?


「君とは面白い話ができそうだ。今から屋上に来てくれないか? 続きを話そう」


 いきなり会長は立ちあがると、生徒会室をでていってしまった。あとは任せたと眼鏡くんに言いながら。


 ――チャンスかもしれない。


 もう会長のいない出口を眺めながら、俺はそう感じていた。


 これまでの話しぶりからすると、会長はあけすけな性格をしている。さっきの発言に怒るようなこともなかった。感情に流されることもない。恋色エクリチュールの問題点を合理的に説明できれば分かってくれるんじゃないか。屋上に誘ったってのも、ゆっくり話をするつもりなんだろうし。


 俺もすぐに生徒会室をでた。

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