逆説その8 終わらないエンディング
俺は花園学園の屋上に到着した。
舗装された遊歩道とフェンス越しに見える景色が、俺を出迎える。
この風景を眺めているといつも思う。
花園学園を動かしているものは何なのだろうかって。
恋に落ちやすいように、落ちたあとも関係が作られるように設計された校舎。
花園学園そのものを支える国の補助金。そしてそんなのに応じようとする生徒会。
規則はそこかしこにあふれている、そこにあると考えれば。だけど、あちこちを探し回ったって見つかりっこない、そこにないと気づけば。
俺たちがここでこうしていることに、どんなにきれいで立派で頭のいい理由を並べたって、きっと説明できたことにはならないんだろう。まさにこうしているだけなんだ、という理由以外には。
「待った?」
階段を駆けあがってくる足音に、
「いや」
入口から近づいてくる素子は、もう夏用の制服を着ていた。
スリットの入ったスカートに
「今日はどう?
「残念ながら無視されっぱなしだな」
「そっか」
素子はベンチに向かっていった。そこに腰をおろして「座らないの」と声をかけてくる。俺は、もごもごと返事を濁してその場に留まる。
姉ちゃんと別れてから1ヶ月がたっていた。姉ちゃんは学校に残っているし、家にだって帰っている。話をしようと声をかけているんだが、さっぱり。母さんの前では普通なんだけど。
「かいちょーに相談したら? おしゃべりできるように校則を変えるとか」
「部長が聞いたら、さぞ悲しむだろうな、その台詞」
「あっ」
素子は両手で口を隠す。
(また飽きもせず講演活動か?)
(校則のお
で、2人はやっぱりいがみ合っている。ただし恋愛相談業務を肩代わりするという理由で、文芸部は例外措置を受けられることになっていた。ほんと仲がいいのか悪いのか。
「だったら
「素子、目が笑ってないぞ」
「そういえば米家先輩と今も、お買い物とかお茶とかしてるんだよね。する必要ないはずなのに」
「……違うんだ。あれは、そういうことじゃないんだ」
「何が違うんですかー?」
米家さんは秋の予選大会に向けて猛練習の日々。それに勝ち残れば、3月の全国大会にでられるらしい。どうして俺がそんなことを知っているかって?
(
そういうことだ。
シスコンには耐えられてもこれは無理です。
「なんでもかんでも自分だけで解決しようとするから、米家先輩に足元見られるんじゃない。茜さんとのことだって、ちょーちょーさんに最初から相談すればいいのにさ」
「……おっしゃるとおりです」
姉ちゃんとの一件、どう説明するべきか。
再会の日からずっと一緒だった。家に帰ってからリビングで飯食うときも、宿題をするときも、風呂に入るときも、寝るときも、朝起きて着替えるときも。姉弟なんだから、これくらい当たり前じゃないか。やましいことは何もない。
唯一の自由時間はお手洗い。こっそり久利会長に電話して、エクリチュール改定の発議はできないかって尋ねたときだ。俺が身動きできないことを素子から聞いていて、部長と助けてくれたんだ。あんな誓約書の使いかたは、俺じゃ思いつかない。
最初から素子に言っとけって話だけど、昔から姉ちゃんは素子を嫌っていたからな。携帯も毎日チェックされるし、履歴なんか見つかったら、それこそ
「ふぅーん、へぇー、そぉー」
俺の表情から何かを察したらしい。
「これが本物のシスコンというものかぁ。リアルだと迫力満点ですねぇ」
「ぐっ……」
「シスコンでも相手にしてくれる幼馴染みに、感謝の言葉が足りないんじゃないかなぁ?」
「ありがとうございます。素子様」
天使像で待ち伏せされたときチャンスだと思った。素子の誤解を解くことができる。
ただ問題だったのは、それを姉ちゃんに勘づかれないようにしなきゃいけないってことだ。すぐ近くに本人がいるのに、姉ちゃんとは何でもないなんて言えない。姉ちゃんが腹を立てて、何をしでかすか分かったもんじゃない。屋上での一件は、本当に最終手段だったんだよ。
で、素子だけに伝わるようにある仕草をした。
小指を曲げてみたり、人差し指と中指をそろえて動かしたり。指切りげんまんと鳥の小鳥な。
「あれが見えなかったら終わってたよね、私たち」
「……はい」
「かいちょーとぶちょーにも感謝しないとだめだよ? 2人がいなかったら
「感謝の言葉もございません……」
でも姉ちゃんの気持ちを考えたら、再開して即ごめんなさい、は言えないじゃないか。
それに俺だって姉ちゃんと話をしたかったわけだし、記名しなくなったあとでも家族として暮らしていくわけで……。他に方法があったんなら教えてくれ!
すると素子は、ベンチから立ちあがって、俺の横に並んだ。
「そもさん」
「せっぱ」
「あの誓約書って、まだ持ってる?」
「ああ」
忍ばせていた誓約書を、素子にだして見せた。
品近社
俺たちの名前が並んでいる。あとで会長から手渡されたものだ。いらないから好きにしろって。
姉ちゃんへのはったりで使った、それこそ本物の偽造誓約書(?)だからな。下手に捨てるわけにもいかない。
「これ、どうしよっか……」
「このまま持ってりゃいいんじゃねえか。文芸部にいれば無記名でいられるし」
「そう、だね……」
素子は急に静かになった。じっと誓約書を見つめている。
「素子はどうしたいんだ、これ」
「……私は、えっと……」
「生徒会に提出すんのか? また偽造事件だって騒がれるぞ。部長に怒られたいのかよ」
「わ、分かってるし! 提出とか、そんなのするわけないじゃん!」
「ならやるよ、これ」
俺は誓約書を、素子の手に握らせた。
「俺の返事だ。受け取ってくれ」
「へ?」
それを手にしたまま、素子は硬直する。
「まっ、待って品近! なんて言ったの!?」
「……忘れた。たしかトリノコトリ、だったかな?」
「嘘! そんなわけないじゃん、ちゃんと言ってよ! 俺の、ほら……だから……!」
「
「……ば、ばか!」
素子は頬を赤らめながら、人差し指と中指をそろえて鎖骨を何度もこする。それから花が
「品近様! 私のことをお忘れなのですー!?」
そんな素子を観察していると、どっかからあの機械音声が聞こえてきた。
……一体どこから。見れば素子の座っていたベンチに1台のノートパソコンがあった。いたな、こういう奴。
「素子っ! なんでこいつを連れてきた!?」
「へ? だあって、パソ子さんも話がしたいって……、えへへ、ごめんね」
素子の両肩をつかんで揺らすが、にやけたまま揺れるだけ。ちっともしゃんとしない。
「いいか! こいつはパソ子であってパソ子じゃないんだぞ!」
「分かんないなよぅ……しなちかぁ、どったの……? ばかになっちゃったの……?」
「お前がな!」
素子はたるみきっていた。ろくに会話になりゃしない。だめだ。無視しよう。
つまり、姉ちゃんとの会話には難儀しているがパソ子さんとの交流は順調だった。
あれからすぐ文芸部にパソ子さんが復活していた。半信半疑だった素子も、今じゃすっかり仲良し。部長は元々歓迎していたしな。
ただ前と違うのはパソ子さんの設定。俺に恋したことになっていた。これも恋色エクリチュールの弊害なのですね、と部長は笑いを堪えながら言っていた。正体に気づいてるよな、絶対。
俺はベンチに戻りパソコンを開く。
「品近様のくせに浮気とかだめなのですぅー」
美少女イラストが目に涙をためていた。
くそ、なんだよこの回りくどい方法。中の人はすぐ近くだろ。
「私のことを忘れたのですー? あんなに激しくタッチしてくれたですよー?」
「してねえ! パソ子さんにも中の人にも、一切な!」
「しゅごいねぇ、しなちかぁ、パソ子さんとも仲良しだぁ……」
「素子は黙っててくれ!」
「シスコンがパソコンになっちゃったですー?」
「話の腰を折るなよ! あとそれはギャグなのか!? ダジャレなのか!? 笑っていいのかどうかすら分からなかったぞ!?」
「あはは、おもしろぉーい……」
「だから素子は会話に入らないでくれ――ってウケてる!?」
「パソコンが好きなら、品近様のためにこの画像もパソコンに変えるですよー?」
「パソ子の中にパソ子、花園学園が入れ子構造だけにね――ってうるさいわ! リアルに中の人の画像貼れよ、せめて!」
もう黙れ、と俺はその無機物を閉じた。
ふぬけたままの素子に握らせ、充電が切れそうだからと強引に持って帰らせる。「ふあぁい」と気の抜けた返事をしながら、素子とパソ子は屋上をでていった。パソ子は叫び続けていたけど。
――疲れた。
俺はそのままベンチに横になり空を見上げた。
「これからどうすりゃいんだよ」
不規則に広がる雲を眺めながら、独り言がこぼれてきた。
恋する規則のパラドックス じんたね @jintane
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