5・1 みちのくウォークアローンコリドール

 俺は文芸部をでると箱庭のような校舎内をうろついていた。

 女子ラクロス部は目と鼻の先にある。まっすぐ行けばすぐだ。でも俺は左手に中庭を眺めながら、最長距離を歩いていた。


 ぐるり。最初の曲がり角をすぎると張り紙が見えてくる。



 1年月組のベストカップル



 仲のいい2人を表彰している。どういう経緯で知り合い、何がきっかけになったのかが述べられていて、ご丁寧にも担任のコメントがついている。


 ぐるり。中庭では男女がいちゃついていた。男子が女子の頬を引っ張って変顔にする。女子がそれにわざと怒って見せる。それの繰り返し。


 ぐるり。向こうから女子2人が近づいてくる。何やら語らっている様子。俺は、すみません、と狭い廊下ですれ違う。あれって文芸部の例外の人でしょ、と去りぎわにこぼしていた。


 ぴたり。俺は女子ラクロス部の入口に到着してしまう。マネージャーをしていた頃は、何げなく開けることができていた、あの扉。


「あ、しなち」


 すると、いきなり扉が内側から開いた。そこにいたのは紅莉栖くりす先輩。腰に手を当て、見せつけるかのようにため息をつく。


「何度来ても一緒だよ。しなちには会わないし、話もしない」

「……はい」

「2人がだめになったのは、それはそれ。しなちはマネージャーじゃない。ここに来る意味もない。わざわざ初夏の神経逆なでするようなことしなくても、ね」

「……き、今日は、その話では、ないんです」

「どんな理由があったって、初夏が困るんなら関係ないし」


 先輩は近寄ってきて、俺を追い返そうとする。

 俺が何も言えないでいると、がちゃり、と再び扉が開いた。


「「あ」」


 思わずこぼれる驚きの音。アイガードをかけた米家さんがでてきた。彼女を保護するかのように紅莉栖先輩は俺たちに割って入る。だが「いいから」と米家さんは、先輩を脇に寄せて近づいてきた。


「私に用事ですか?」


 アイガードを外しながら聞いてくる。


「……その、どうしても……、あの……」

「早くしてください。1分1秒でも練習時間が惜しいんですから」

「……俺は、その、恋色エクリチュールを廃止したい、そう思ってるんです」

「は、あ?」


 言っていることが分からないんだけど、と米家さんは返事をした。


「明日、恋色エクリチュールの改定が発議されます。それを――」

「――そんな話、聞きたくない」


 くるりと彼女はそっぽを向いた。


「ま、待ってください。米家さんも無関係じゃないんです」

「どうでもいいよ。私はラクロスで成果を残す。それしかないし」

「だから、そんなことをしなくたって伸び伸びとラクロスに――」

「――帰ってください」

「米家さ――」

「――帰ってって言ってるでしょ」


 彼女はそのままグラウンドへと歩きだした。


 俺は止めようと、つい、その手を握ってしまう。失敗したと思った。

 すぐさま米家さんのつま先がこちらを捉え、腰から身体をひねってきた。


 ぱぁん。


 乾いた音と衝撃が襲ってくる。つーんとした耳鳴りが始まった。目の前には、無表情の米家さんの顔があった。

 そして彼女は、何も言わずに立ち去っていく。そのあとを紅莉栖先輩が追いかけていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る