1・3 ぶつりょうスパッツ

「失礼いたします。文芸部の祭門部です」


 ノックへの反応があったあと、祭門部さんは部室に入った。俺と素子も、おずおずとそれに続く。


「「「こんにちは!」」」


 すぐさま挨拶の集中豪雨が降ってきた。耳がつーんとする。

 雨上がりの室内には、10人ほどの女子が、ラクロスのユニフォームに身を包んで整列していた。


 スカイブルーのポロシャツ。丈の短い同系色のストライプが入ったプリーツスカート。ラクロスのお約束である黒スパッツ。

 スカートが揺れ動くたびに、こぼれるスパッツ。姉ちゃん、俺はすごいところを見つけたよ。


「お待ちしていました」


 そんな女子の一群から、1人の少女が顔をだす。祭門部さんだけではなく、俺たちにも笑顔を向けてきた。小麦色に日焼けした肌と、白く輝く歯。日焼けしていない部分が見え隠れする二の腕。そしてポニーテールに結わえられた髪と、おでこには絆創膏ばんそうこうが貼ってある。


 やばいな、これは。


 俺はスパッツにこだわりはないし、スポーツ女子が好みなわけでもない。だが、彼女の純朴そうな雰囲気とラクロスのユニフォームとが渾然一体となり、こう、得も言われぬ魅力を醸していて……最高かよ。


 ラクロス万歳。ありがとう祭門部さん。そして花園学園。


「品近、そもさん」

 隣の素子が、脇を小突いてくる。


「せっぱ、俺は浮気などしちゃいない」

「品近、気持ち悪いよ?」

「俺の気持ちは悪くないからな。あと浮気じゃない。スパッツという偉大な宇宙の真理による因果の鎖があってだな。分かるか?」

「……あ、そ」


 素子はそれ以上聞いてこなかった。なぜだ。俺には真理を語る用意があったんだぞ?


「あちらでお話をすればよいのですね?」

 祭門部さんが、会話の切れ目で言った。


 あちら、と言われた先には、小さな演壇えんだんがあった。一輪挿しの花瓶とミネラルウォーターが置いてある。手前には『文芸部講演会』という張り紙がぶらさがっていた。周辺にはパイプ椅子が円形に並べられている。


 ん、講演会?


 今日はここでお話があるってことか。誰がしゃべるんだ?


「私がすることになっています」


 絶妙のタイミングで補足する祭門部さん。詳細はのちほど説明します。そう言葉を残して、演壇へと進む。あの絆創膏の女子が、祭門部さんを誘導していた。


「ほら、品近。座ろうよ」


 いきなり後ろに引っ張られる。俺はパイプ椅子まで引きずられ、そのまま腰をおろした。素子も隣に座ってくる。整列していたラクロス部の女子たちも、一斉に座りだした。


「……あの男子、新入生だよね……」


 すると俺の背後で、誰かがひそひそ話を始める。

 名前を聞いておいたほうがいい、新入生は狙い目だ、横のでかいのは彼女なのか、男はみんなスパッツが好きだし、背が低すぎないか、と言いたい放題。聞こえているぞ。


紅莉栖くりす、今は祭門部さんの話に集中だよ」

「はぁーい」


 絆創膏の彼女に、風評被害の主犯が叱られたようだ。ざわついていた女子も静かになる。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 演壇についた祭門部さんは「つたない体験談ではありますが……」と咳払いを挟む。


「私は1年前、生涯忘れられない大失恋を経験しました。それは――」


 祭門部さんは、講演を始めた。


「――どうかみなさんも、本音を偽ることなく、相手の幸せを願ってください。校則や常識ではなく、自分の気持ちから始めてはどうでしょうか。話は以上です。ご清聴ありがとうございました」


 そして気づけば、講演は終了していた。急いで携帯を確認する。授業が終わってから1時間半は経過していた。


 流れるような言葉遣い、要所要所でまとめながら、聞き手の興味を惹きつける問いかけ、そして強烈な失恋体験談。耳の奥へと直接届けられるような講演だった。


 俺が拍手をすると、ラクロス部の女子も手を叩きだした。講演前は、興味なさげだったのに、今では祭門部さんに熱い眼差しを向けている。頬を赤らめ、瞳を潤ませながら。


「祭門部さん、ありがとうございました」


 あの絆創膏ポニーテールの女子が部員たちにお礼を促す。全員一斉に立ちあがり頭をさげた。


「品近さん、素子さん、続きは文芸部で」


 女子たちをかき分けるように進み、祭門部さんは全員に一礼をすると、部室をでていった。

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