1・2 かりすまアーキテクチャー

「やばい、見つからねえ……」


 またも俺は頭を抱えながら、机に突っ伏す。

 俺と素子が所属する1年星組は、すでに放課後になっていた。


「ほんと、見つかんないね」


 俺の脇を小突きながら、素子が調子を合わせてくる。ちょっと声が弾んでるな。

 例外事項の祭門部さんを求めて、数日が経過していた。教室という教室をすべて回ったのに、どこにもいない。文芸部の部室も何度か覗いてみたが、いつも無人状態。


 ――祭門部様は本当に素晴らしいお人です。

 ――祭門部様のためなら、私なんだってします。

 ――ああ、祭門部様、祭門部様。どうか私の恋を叶えてくださいまし。


 俺が見つけられたのは強烈な噂話だけ。一体何者なんだ。祭門部「様」だもんな。聞けば、とにかく忙しい人なのだという。どうしよう。早く捕まえないと退学処分になっちまう。


「どーする? もう名前書いちゃえば?」


 俺の目の前で、誓約書をひらひらさせる素子。品近はシスコンだから苦労するね、なんて鼻歌交じりだ。ああ、祭門部様、祭門部様。この憎たらしい幼馴染を懲らしめてください。


「祭門部様、ありがとうございます!」


 すると、どこからか女子の歓声が聞こえてきた。俺は教室を飛びだし、その方向を探る。廊下の曲がり角に集団ができていた。女子集団に手を振りながら、しゃなりしゃなりと歩く生徒がいる。見つけたぞ。


「待ってください、祭門部さん」


 俺は叫びなから駆けだした。すぐに背後から追いつく。彼女は顔だけを向けてくる。


「俺は、1年星組の品近社って言います。聞きたいことがあって祭門部さんを探してました」

「品近、さん?」


 彼女は、俺に身体を向けた。

 すらりと細く背は高い。動きのある髪は短く切りそろえられ、少年のようなあどけない雰囲気を帯びている。言葉を発するたびに、ゆっくり動かされる唇が心をざわつかせる。男女という分類では、捉えきれない魅力に満ちていた。


 そんな祭門部さんは、俺を見つめ続けている。


「……俺の顔、変ですか?」

「い、いえ。そのようなことはありません」


 こほん、と祭門部さんは咳払いをした。


「申し訳ありません。突然のことで驚いておりました。聞きたいことというのは何でしょうか」


 祭門部さんは、落ち着いた態度で話を戻す。

 俺は、彼女の誓約書に名前が書かれていないのではないかと聞いた。


「おっしゃるとおりです」

「まっ、まじですかっ!」


 祭門部さん、おっしゃるとおりって言ったよな!?


「一体どうすれば、名前を書かなくても残ることができるんですか!?」

「お教えするのは構いませんが、ただ、お役に立つかどうか……」


 祭門部さんは人差し指を顎に添える。


「大丈夫です! 教えてくれさえすれば、あとは自分で考えますから!」

「分かりました」


 やったぞ。これで名前を書かなくてもいい。


「私についてきてください。直接、ご覧になられたほうがいいと思います」


 祭門部さんは、ゆっくりと歩きだした。ああ、祭門部様、祭門部様、どうか俺の願いを叶えてくださいまし。


 □■


「もう学校には慣れましたか?」

 黙々と祭門部さんに続いていると、話題を振られた。


「最近、やっと道に迷わなくなりました」

「何よりです」


 嫣然えんぜんと微笑む祭門部さん。

 俺たちは今、花園学園の1階にいて、北側を目指している。ここは1年生の教室が並んでいるだけでなく、事務室や校長室、そして生徒会室もある。2階には2年生、3階には3年生の教室があるってわけだ。それくらい分かるさ、祭門部さんを探し回ったからな。


「花園学園は充実した施設をようしています。積極的に利用されるとよいでしょう」

「そうなんですか。で、施設って何です?」


 祭門部さんは、おや、と首を傾けた。俺もつられて同じ角度になってしまう。

 そして隣を歩いていた素子が、にっ、と笑顔になる。


「素子、そもさん」

「なあに? せっぱ」

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「全力で走って追いついたからだよ? 当たり前じゃんか」


「俺の疑問は、当然のごとく俺と祭門部さんとのイベントに、お前が顔をだしてることにある」

「品近の誓約書がどうなるか気になるじゃない」

「心配しなくても、お前の名前なんか書かねえから」

「品近がお姉ちゃんの名前を書かないかどうか、心配だったし」

「さすがにねえよ」


 仲はいいけど、俺と姉ちゃんは姉弟だからな。

 こっそりお姉ちゃんの下着を手にとってみたり、布団に潜り込んでみたり、わざとシャープペンシルを自分のと交換したり、って程度だ。弟ならどこの誰でもするようなことだろ。


「そんな照れなくてもいいのに」

「この会話の流れの、いつどこで、俺は照れたんだ?」

「かわいい幼馴染が構ってくれて、本当は嬉しいんだよね」

「照れるってそっちかよ。姉ちゃんの話はどこいった? あと、かわいいとか自分で盛んな」

「いいよ、お礼は。私の誓約書に名前を貸してくれるだけで」

「素子、元も子もないぞ、それ」


 こいつとは、いつもこんな感じだ。会話が噛み合っているようなそうでないような。


「少し、寄り道をしましょうか」


 祭門部さんは、くすくす笑いながら懐中時計を取りだして、時間を確認した。

 こら素子、お前のせいで笑われてしまったじゃないか。


「すでにご存じでしょうが、ここには風変わりな校則があります」

「恋に落ちなければいけない、っていうあれですね」

「はい」


 祭門部さんは、途中で方向転換をして、東側へと向かい始める。


「とはいえ、生徒の自助努力に任せるだけでは、校則が形骸化してしまう。恋にという言葉のとおり、意図的にしようとしてできるものではありませんから」


 すると視界の向こうに渡り廊下が見えてきた。

 こんなところに廊下があったなんて気づかなかった。体育館へつながっているのとは別のやつだ。


 祭門部さんが先陣を切る。俺たちが続いていくと、行き止まりから木製の扉が出迎えてきた。それはドアベルやステンドグラスで装飾されていて、周辺には、甘くて香ばしい香りが漂っている。


 扉の前に到着すると、祭門部さんはくるりと後ろを向いた。


「喫茶店になります」


 はい?

 喫茶店って言ったか? さっき。


「清涼飲料水や軽食などの嗜好しこう品が提供される空間であり、あらゆる談話の場として機能しながら、利用者の息抜きにも資する施設のことです」


 俺の疑問を先回りするように喫茶店の説明をする。

 あの、お気持ちはありがたいのですが、そこに疑問を感じているのではなくて。


「ここ学校ですよね……? お金払ったらコーヒーとか飲めるんです……?」

「生徒証があれば無料ですよ」

「まじですか!?」


 祭門部さんは、口を隠しながら笑う。

 いや、俺の反応は普通だって。だって学校じゃないか。お茶飲んでどうすんだよ。ぼーっと聞いてて驚かない素子のが、よっぽど変だろ。


「数年前に設置されたそうです。あの校則――恋色エクリチュールのために」


 あ、なるほど。そういうことか。

 喫茶店で茶を飲んで、仲良くなれって意味なんだな。


「相手の好感度は、接触回数に正比例するといいます。学外で不埒ふらちなことをされるよりは、学内で管理してしまったほうがいい、ということでもあるようです。ちなみに、ショッピングモールもありますので、こちらも確認されればよいでしょう」


 俺は言葉を失っていた。

 恋に落ちることが大切だってのは、まあ百歩×百歩譲って分からんでもない。でも、そのために喫茶店を作ろうって発想は、斜めうえすぎる。そんでショッピングモール。考えた奴は頭がおかしい。


「元々は、普通の女子高校でした」


 祭門部さんは説明を続ける。


「心情豊かで女性らしい生徒になって欲しい。創設者の花園慶子の願いから、恋色エクリチュールの原型が作られました。当時は退学処分などもなく、遊び心の延長だったようです」

「全然違ってたんですね」

「今では恋色エクリチュールをめぐるトラブルが絶えません」


 では戻りましょう、と祭門部さんは歩みを再開する。


 そのまま校舎に戻ってくると、俺は校舎中央にある中庭に視線を移した。ペアで座れるベンチがあり、男女が仲睦まじくささやいている。


 花園学園は、上空から眺めると、大きな正方形の中に、小さな正方形のある入れ子構造をしている。この小さな正方形に当たるのが中庭だ。それをぐるりと廊下が囲んでいて、スライド式のガラスドアが四方向にあり、どこからでも入れるようになっている。


「喫茶店と同じです」


 祭門部さんは歩きながら、俺が見ている男女に視線を重ねる。


「このガラスドアはマジックミラーになっています。私たちからは筒抜けでも、内側から私たちを見ることができません」

「え、どうしてそんな……」


 変な設計をするんだ。わざわざ見えない他人に監視されなくたって。


「生徒には好評です」

 祭門部さんは言った。


「監視されている感覚が気分を高めるそうです。観察する側も対抗心を燃やすのだとか。生徒会会長の蕗奈――いえ、久利くり蕗奈ふきながここを作ってから、誓約書の記名率は伸びました」

「……そう、なんですか」


 見られて、見せて、恋し、恋される。

 今さらながら、俺はとんでもないところに入学したことを実感していた。


「目的地に到着しました」

 祭門部さんは歩みを止めた。とある部屋の入口を指差している。



『女子ラクロス部』

 アットホームなデザインの看板が、俺たちを出迎えていた。

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